■ 勝負に甘く、人生辛い (JUL 2009)

何だかうまく言えないが、長く生きていると右か左か、イエスかノーか勝負のときがある。
仕事に関すること、恋愛に関すること、人間関係、お金、進学、就職、様々だ。

過去の自分の決断を振り返ると結果は五分五分だった。
上手く行ったこともあるし、まったく無駄だった決断もあった。
当然のことながら明確な理屈などなく、尚且つ時間が無い場面で意思決定しなくてはならない事柄を想定しているので、 最終的には自分の勘を信じて決断することになる。
ここで言う「勘」とは文字通り勘ではなく、それは自分の人生経験のどこからか湧き上がってくるものだ。
換言すれば、感性とでも言うものか。

私の知り合いでS君という不思議と勝負強い人がいる。
この人を見ていると、思い浮かぶ事がある。
依他起性である。
勝負の機微は自他の関係の中に潜み、強さの要諦も他者との関係づけの巧みさにある。
複雑な対人関係を思うがままに遊泳できる人が勝利者なんだろうか?
自分は苦手で、何だか考えさせられてしまう。

と、この文章をスピード違反の出頭命令を見ながら書いている。
どう?名文でしょう?
ここ一番に弱いんですよゥ。

今月は、Neil YOUNG / After The Goldrush ファーストプレスが入荷しました。 セカンドプレスはよく見つかりますがRSLP規格のファーストプレスはレアです。

 

■ イェ〜って言え〜 (JUN 2009)

SMAPの草なぎ剛さんが公然ワイセツだかの罪状で逮捕されたと報道されていた。
酔っ払って赤坂の公園で全裸になって、「裸になって何が悪い!」と叫んだため、署員が現行犯逮捕したという。 これで罪になるのなら、私の知り合いの何人かは前科30犯くらいになってしまう。
いつだったか、皇居のお堀を全裸で泳いだ外人がいたが、あれは死刑にしないと釣り合わないだろう。
今度、年末の新橋や4月の新歓コンパで一斉検挙でもやってみたらいいんじゃないの?

もっと悪いことをしている人たちを知っているような気がするんだが。
大人がすることではないが、暖かくなってきたので、一人で夜歩きして気持ち良かったんじゃないの?

そう、一人で夜歩き。
暖かくなってくると、初めてコンサートに一人で出かけた時のことを思い出す。 当時、私は15才だった。 その頃は夜に一人で出かけることに興味を持っていて、 友人と連れ立って夜遊びすることとは別の興奮や胸騒ぎを感じていた。

確か5月だったと思うが、新宿へRCサクセションのライブを一人で見に行った。 当時在籍していたギタリストの小川銀次のファンで、彼のギターを必死でコピーしていた。 ライブも酣になった頃、ボーカルの清志郎が客席に向かって

「愛し合ってるかぃ〜?」

と問いかけた。当時は誰とも愛し合っていなかったので、私が答えに窮していると、周りの人たちは

「イェ〜!」

と即答していた。そんな訳ねぇだろうと思ったが、そういうものかと納得した。 私が自問自答してると、バンドはスローバラードを演奏し始める。 PAを通した管楽器や打楽器の音を聞いたのも、その時が初めてだった。

忌野清志郎さんが亡くなった。
こんなことなら、あの時イェ〜って言えば良かった。

家には当時のアナログレコードがごっそりある。日本のロックが黎明期を経てメジャーへと進化していく時代だった。 彼は反社会的なメッセージを含む歌詞を歌っていたが、その実、 社会の底辺で辛酸を舐めている人々の背中を押しているように聞こえたのは私だけではあるまい。
あの時も叫んでいた「愛し合ってるかぃ〜」を聞く度に、彼の心の美しさがロックを愛する人たちの胸に去来することだろう。

合掌。

今月は、Tony SHERIDAN & BEATLES / My Bonnie が入荷しました。記念すべきビートルズの初レコーディングです。

 

■ 目に青葉、山ホトトギス、初ガツオ (MAY 2009)

九州ののSさんから三日と空けずに電話がある。
他愛のない音楽談義、レコード談義なんだが、こう頻繁に男同士で電話をしていると話す事も無くなってくる。

「Kさん、今何か欲しいレコードあるのかね?」
「スモーキーロビンソンとミラクルズだね」
「何それ、ブリティッシュ?」
「いやアメリカのソウルで...プラトーンって映画知ってる?その中で掛ってたやつ」
「フーン...何でそんなの欲しがんの?」

(レコード探すのに理由なんて無いでしょう。ちょっと聴いてみたいからですよ。)

「何か思い入れがあるの?」
「そう。思い入れがあるんだが、それ説明していると時間くっちゃうカラ」
「いいよ、いいよ、教えてよ、時間あるから」
「まァ今度ね」
(こっちが時間ないんだよ。仕事しなくちゃいけないんだよ!)

「他には?」
「イアンマクレガンのリトルトラブルメイカーが入ってるLP」
「他には?」
「それとブリティッシュフォークのプライベート盤でSさん一派が血眼で捜しているメル...」

(オットこれ言っちゃうとまた皆が探し始めて20万で済むところが50万必要になっちゃうからな... しかし10年以上も探してて1枚もオファーが無いよ。ほんとにレコードあんのかね。)

「Kさん、昼メシ何食べるの?」
「君は何でそんなことにまで興味持つのかね?」
「それくらい教えてくれてもいいんじゃないの?」
「...鰹が食べたいから直ぐに出かけます。だからこの電話を切ります。」

今月は、CREAM の Disraeli Gears 両面コーティングのモノラル盤が入荷しました。両面コーティングのファーストプレスモノラル盤は出物が少なくなってきています。 良い曲がたくさん収録されているからですかネ。
 

 

■ て、天井が、天丼が(APR 2009)

いり豆屋で煎蚕豆を300円買ってポリポリ喰いながら歩いた。
暢気な天気で気分が晴れやかなので、東京駅まで歩いて行った。 所用があって小田原まで出かけなくてはならない。 競輪の用事ならいいのだがそうではない。 旧知の友人Tが小田原で釣竿屋を開業したらしいのでお祝いしなくてはならない。

小田原へ出かけるときは、行きの東海道線の退屈しのぎにいつも「東京弁当」を買う。 築地青木の卵焼き、魚久の粕漬けなど私の好物がズラリと詰め込まれている。 弁当と冷たいお茶を買ってプラットホームへ上がると金髪の若者2人と初老の男が言い争いをしていた。肩でもぶつかったか? こんな往来でいい陽気にと言いたかったが、一歩外に出れば何があるか分からない。 先ほど買ったチケットを取り出してからグリーン車を探す。東海道線はグリーン車なのに自由席だ。 東京弁当を落ち着いて食いたくて、わざわざグリーン車に乗ったのに、隣に家族連れがきてワイワイやりだす。 まァ、みんなで電車に乗って実家へ帰るのは楽しいわナ...オットこっちはそれどころじゃねぇんだ。

小田原でシゲちゃんと合流。Tが送ってきた住所を頼りにタクシーで釣竿屋へ。 運ちゃんがテキトーな場所で私達を捨てたので、道に迷う。結局携帯電話でTに電話して迎えにきてもらう。

私は釣竿屋と聞いたとき、よくある釣具屋を想像していたのだが、何だか違った。 フライフイッシング専用の竿をオーダーメイドで一本一本手作りする工房で、のんびりした工作部屋のようなところだった。 奥様がコーヒーと手作りのクッキーを出してくれた。 横でシゲちゃんが「ビールじゃねえのかよ?」と小声で言うのを手で制す。
Tは東京で労働者として働いていたときより随分穏やかな表情になっていた。 得意げに完成した竿を手にとって説明しているTを見て来てよかったと思った。(オメデトウT!、と最後まで言い忘れた)

その夜、シゲちゃんとTと地元の居酒屋へ。 地魚を使った刺身、てんぷら、焼き魚などを矢継ぎ早に出してくれて、焼酎のボトルが一本、二本、三本ってオイ! 最終電車の時間を気にする私をシゲちゃんとTが羽交い絞めにしながら夜半まで。 シメに、これまた地魚の天丼かなんか食ってようやく終了。 帰りの東海道線のホームまでシゲちゃんとTが見送りに来てくれたが、私はぐでんぐでんに酔っていてホームから転げ落ちそうになる(なったらしい)。

ここ数年二日酔いになったことがなかったが、翌朝は見事な二日酔いだった。 天井が回ってみえる。最初ゆっくり回っているが、次第に早く回るようになる。 あわててトイレへ駆け込み、昨夜の天丼をすっかり吐き出してからベッドの上に正座して黙想する。 すると体中いろんなところが痛むことに気付く。よく見ると痣がある。

さて、シゲに電話してみよう。

今月は、WALLS ICE CREAM が入荷しました。1969年にWALLSのためにAPPLEが少量のみプレスした特別なEPレコード。大変入手困難です。


 

■ 春風万来(MAR 2009)

春を感じる日が多くなってきている。
それはともかくとして世の中景気後退で大変なことになってるらしい。 しかしながらテレビに映っている政治家にはどこか世間一般の人々と違う気配を感じる。 喋っていることに関係なく、本心がどこか別のところにあるような気がするのだが、気のせいだろうか?

ところでマカロンってご存知か?何だかヨーロッパのお菓子で人気があるらしい。
家人が近頃その名前をよく口にしていたのだが聞き流していた。 ある日、家人がどうしてもこれが喰いたいと言ってきたので、

「マッケンローなら知ってる。往年のテニスプレイヤーだろ。」

と混ぜ返すと、半狂乱になったので池袋のデパートへ買いに行くことになった。

週末だったからなのか、地下の食品売り場はスッゲぇ混み様だった。
うん?これで不景気?と思ったが、とにかく並ばないことには物事が前に進まない。 私は隣で売ってる舟和の豆寒天や手羽先の空揚げに惹かれて、家人を見捨てて勝手に買い物していた。 案の定、家人が私を見失い、携帯電話で罵り合いになる。

さて、マッケンローじゃなかった、マカロン。巣に戻って馬鹿馬鹿しいほど丁寧な包装を開けると、毒々しい色のマシュマロをキャラメルで糊付けしたような奇妙なお菓子である。 気合い一声食べるとキャラメルで差し歯が抜けそうになる。
これってマカロンの偽物なんじゃないのか!
口に出すと一悶着あるのが分かっているから心の中で呟くが、マカロンが親の仇みたいに憎々しく思えてくる。
これならマッケンローの方がマシだった。マッケンローは悪童だったが、茶目っ気たっぷりでどこか憎めなかった。 一日を無駄に過ごした気がしてチョット後悔した。
さて私にも春はやってくるのだろうか?

今月は、T. REX の Electric Warrior ポスター・インナー・スティッカーが付いた完品が入荷しました。 STONES の Let It Bleed もそうですが、王道物の初盤完品はどんどん数が少なくなってきています。 理由は簡単で、一度手に入れた人がなかなか売りに出さないからです。是非、ご検討下さい。

 

■ 平塚〜ロンドン〜(FEB 2009)

年初からロンドンへ出張だったため、旅の軍資金を稼ごうと年末に平塚競輪場へ出掛けた。 KEIRINグランプリは年に一度だけ開催されるビッグレースで、立川、京王閣、平塚の3箇所持ち回りで開催される。

競輪は人気に陰りが見えているし、今年は不景気だから大したことないだろうと高を括っていたのだが、 到着すると大変な混雑振りである。人混みを掻き分けて穴場へ行き、人にぶつかってスミマセンと言いながら席に戻る。 動き回っているうちにハラが減ったので、パンを売っている屋台へ行くと、ガラスケースがカラッポで何も陳列されていない。

「オバチャン、ホットドッグある?」
「全部売り切れで、あるのはガムだけです。」

レースはコマ切れ2人ラインの4分戦に単騎が一人と、麻雀のチートイ単騎待ちみたいな難解な展開だった。 私は小嶋敬二からの車券に気があったのだが、念には念を入れてガミさんの携帯に電話する。 ガミさんの車券は絶対に当たらない。つまり彼の買い目を外して買うのだ。 ところがガミさんが、小嶋で頭テッパンだと言うので、ますます混乱してくる。

レースは私の予想通り最終ホームで北京オリンピック銅メダリストの永井がカマして小嶋をうまく引っ張り出し、バックストレッチ で小嶋が先頭、福岡の井上が続く。 3コーナー辺りで「社長ガンバレ〜!」と叫んでしまう(小嶋選手は社長というニックネームがあります)。 結果はどうだったかって?勝負は時の運ですよ。

年が明けて、ロンドンへ。 東京の季候で丁度いい塩梅の服装で飛行機に乗り、到着して震え上がった。樺太と同じ緯度であることをすっかり忘れている。バカである。 急いで、ニット帽、マフラーを買う。 さらに手袋を買ったら両方とも右手用だった。 逆上して店員に文句を言ったら、もう一袋持って来いと言うので、どうせなら違う色をと渡したらその場で開封してくれて、それも両方とも右手用だった。

旅のスタッフ全員でアビーロードで記念撮影もした。 アビーロードスタジオの玄関先まで入り込んで写真を撮っていたら、 女性が出勤してきた。迷惑だから退こうと思ったら デジカメを差し出されて

「Can you take a picture? (シャッター押してもらえます)」

と言われた。

今月は FFZ が久しぶりに入荷しました。最近めっきり見かけなくなったレアなレコードです。 また、ピンクフロイド、デビットボウイ、ジミヘン、ツェッペリンなどのポスターやAbbey Roadの住所看板などメモラビリアを少しロンドンで買ってきました。リストを作るの時間がかかりますので、ご興味がある方は個別にお問い合わせ下さい。

 

■ I先輩の春夏秋冬(JAN 2009)

空っ風の大将みたいなボーズ(小学生のことです。住職ではありません。念のため)が12月だというのに半袖半ズボンで表を走っていた。 最近めっきり見かけなくなった頼もしい野郎だと思った。
自分はといえば、リビングのカーペットの上に寝転がり、寝室から毛布を持ってきて横臥している。 側にあるクッションを枕代わりにする。 おもしろいもので一人がそれをやりだすと家族全員がそこに集まってくる。 捨てられた猫の親子のようになって、皆で毛布に包まって、アッタカイネなんてやっている。

私は暑い分にはいくら暑くてもヘーキだが、寒さには滅法弱い。冬場は仕事が捗ってよろしい。
私に似てきたのか家人も、表が薄暗くなってきたらテレビの前で死んだふりをしている。 これから誰が買出しに行くかでちょっとしたバトルになりそうだ。
ついこの間は残暑にヒィヒィいっていたのに、もう今年も暮れようしている。アレ、暑さは強いんじゃなかったけ?

私の先輩のIさんが昔オモシロイことを言っていた。

私:「好きな季節は何ですか?私は夏が好きです。先輩もやっぱり夏ですか?」

I先輩:「夏は暑いから嫌い」

私:「まさか冬?」

I先輩:「冬は寒いから嫌い」

私:「じゃあ秋?」

I先輩:「秋はこれから寒くなると思うとムカツク」

私:「じゃあ春は?」

I先輩:「春はこれから暑くなると思うとムカツク」

私:「.....」

年初はロンドンへ出張だ。ヨーロッパの厳しい冬の気候に立ち向かうことになりそうだ。 旅の準備をしなくては。

今月は、ROLLING STONES 関連の重要コンピレーション Saturday Club が入荷しました。 ROLLING STONES の曲はデビューシングル予定だった「Fortune Teller」「Poison Ivy」の2曲が収録されています。 「Fortune Teller」はGOT LIFE...収録と歓声ダビング無しのネイキッドバージョン、「Poison Ivy」はEPとは別テイクです。 実は大変レアなレコードです。

 

■夢の途中 (DEC 2008)

夢なのか現実なのかサッパリわからない。
私の目の前のテーブルにはウィスキーが注がれたグラスと水仙を一輪挿した花瓶が載っている。 天井のミラーボールにはカクテル光線が当てられ、万華鏡の中に入り込んだような居心地だ。 一段高いステージで化粧の濃い香水のキツイ女が歌っている。

ゴナテイク〜♪ センチメンタルジャーニー♪
ゴナテイカ〜♪ ハーツオブイーズ♪

女は私から視線を逸らさずに歌い続けている。 私もプレッシャーに圧倒されて借りてきた猫のようになって彼女の歌を聴いている。 どうやらバックバンドのメンバーも彼女の所有物らしく、従順な社員と社長のような関係に見える。 息苦しくなってきたが、私も意地を張って背筋を伸ばして聴いている。
するとどうだろう。突然女が手に持っていたマイクを手品みたいにパッと2本に分身させ、 アッと思う間もなく、ステージを降りてツカツカと私の方へ近づいてくる。
2本のマイクの内1本を私に差し出し、一緒に歌えと言う。 私が笑いながら手を振って断ると、女は急に般若のような表情になって手に持っていたマイクを振りかぶり、私の頭目がけて振り下ろそうとする。

「オイ、無茶するな。止めなさい、ヤメロ〜!」

ハッと目が覚めると横で高いびきをかいていた女房が

「今 私の悪口言ってたでしょ!」

彼女も夢の途中だったようだ。

今月は、QUEEN/INNUENDOのLP盤が発売当時のシュリンクラップに入った状態で入荷しました。 LPはレアですが、シュリンクとなるとめったにお目にかかれません。


 

■愚痴はよそうぜJude (NOV 2008)

過日に Hey Jude のシングル盤が入荷したので音質チェックも兼ねて何度か聴いていた。
音圧がLPと違うので別の曲みたいに聴こえる。やっぱりシングル集めが楽しいんだよな、などと考えていた。

なあジュード 悪く考えるなよ〜♪
悲しい歌も マシにできるよ〜♪

とポールマッカートニーが歌っていた。 王様じゃないから、もちろん英語で歌っているが、どこかで聴いたことがあるような歌詞だと思った。

何だか思い出せなかったが、日本の曲でこれに匹敵するのは春日八郎の「お富さん」のような気がしてきた。

粋な黒塀 見越しの松に〜♪
仇な姿の 洗い髪〜♪

死んだ筈だよ お富さん〜♪

生きていたとは お釈迦様でも〜♪
知らぬ仏のお富さん〜♪

エーサォー 玄冶店〜♪

使われている言葉は古いんだけれど、拍子に合ったリリックは 現代のJ-POPのラップ調の曲より格が上だと思った。
2番か3番で、「愚痴はよそうぜ お富さん〜♪」と歌われているそうだ。Hey Jude みたいだ。 2番と3番の歌詞も知りたいし、今度シングルレコードでも探してみよう。
まさか原盤 Hey Jude より高いんじゃないだろうな。

今月は、SEX PISTOLS/Never Mind...が久々に入荷しました。緑赤レーベルのセカンドプレスですが、美品は中々手に入らなくなってきています。

 

■太鼓の達人(OCT 2008)

愚息が今春から馴れない寮生活を送っていて、先日、本人に空気を入れにちょっと訪ねてみたら、 部屋でまったりプレイステーションポータブルで太鼓の達人なんかやっていた。
まったく人の臑を齧ってプレステなんかやって無責任でイイな、と嫌味の一つも言おうと思ったが、 それより先にちょっと拝借してやってみるとこれが面白かった。
これじゃ勉強なんかやらんわナァ。

題名の太鼓の達人はプレステのことではない。ドラマーのジョニー吉長さんのことである。 先週、彼のジャムセッションを聴きに都下の曼荼羅という老舗の(というかもう歴史的文化財みたいな)店へ出かけた。 近頃よくある暴力的な大雨の日だったが、たくさんの人が集まっていた。 運よく最前列の席に座らせていただき、ビールを飲みながらリラックスして音楽を楽しませていただいた。 一緒に演奏するミュージシャンは随分若くなったが、辺りの空気を切り裂くようなスネアの音や日本人離れしたボーカルは健在で、来てよかったと思った。

ジョニー吉長さんの演奏を初めて聴いたのは、ジョニー、ルイス&チャーの頃、場所は確か新宿のテントだったと思う。 彼是28年前くらいか。 今度、フラワートラベリンバンドとともにジョニー、ルイス&チャーも再結成して野音でライブをやるとMCで言っていた。 元気な人だと思ったが、来年還暦と聞いてビックリした。やっぱりロックに歳は関係ないネ。

今月は、FAIRPORT CONVENTION/John Barleycorn Must Dieが入荷しました。ピンクレーベルのファーストプレスです。 傷みやすいジャケットのためか美品が少ないですが、これは久しぶりに見るツルッとした良いコンディションです。


 

■真夏の湯豆腐(SEP 2008)

だいぶ味覚がイカレテきているようで、盛夏に夜歩きしていると湯豆腐が食いたくなって困った。 昔足繁く通っていたS横丁にある一杯飲み屋を思い出し、立ち寄ってみた。 壁に掛けてある湯豆腐と書かれた紙は生憎裏返っていたが(当たり前のような気もするが)、 年齢性別不詳の店主に、食べたい旨を伝えると

「ああ、出来ますよ」

と言って作ってくれた。 この店は私が酔っ払って煙草やら文庫本やら色々なものを忘れて帰ってもきちんと保管していてくれて、次回立ち寄った際には

「ハイ、お兄さん、コレ」

と言って渡してくれる。ありがたく受け取るのだが、こちらも気恥ずかしくなって、なかなか正面きって礼を言えずに、 手刀を切って受け取ったりしていた。 店主自らが陣頭指揮に立っている店は活気があってよろしい。 パートタイムの訳のわからない店員に応対されると直ぐに席を立ちたくなる。 店主に、

「随分客層が変わったねェ」

と話し掛けると、

「ここいらは昔は雀荘が沢山あって、平日でも10時くらいになると麻雀帰りのサラリーマンで ごったがいしていたけど。今時のサラリーマンは麻雀なんかやらないでしょ」

と応えてくれた。 そんなもんかと思った。 自分の我儘を聞いてくれる店が少なくなってきているようで、少し寂しい気持ちになって店を出た。

今月は、BEATLES/Please Please Me のゴールドパーロフォンが2種類入荷しました。Photo Angus McBean のレタリングが 右にずれて印刷されたものが本物のゴールドジャケットです。 レーベルのクレジットはプレス時期によって2種類あり、Dick James、Northan Songs などと呼ばれています。プレス枚数を考えると Northan Songs の方が若干枚数が少なくレアでしょうか。 今回はその2種類が同時に入荷しました。現存するものはほとんどがズタズタですが、今回入荷したものは奇跡のコンディションです。 なかなかお目にかかれるものではありません。

 

■それがどうした(AUG 2008)

今、手元に第六十六期将棋名人戦の記念扇子を置いてこの原稿を書いている。 当時挑戦者だった羽生善治名人が「韻」、前名人の森内俊之さんが「気」と書いている。 パタパタと扇いだり、パチパチと開閉の音を出したりしていると、自然と落ち着いてくる。
ある棋士がインタビューで

「将棋を考えるということは、かなりイライラすることなんですよ。」

と言っていたのを思い出した。その棋士は

「扇子は、そのイライラを和らげてくれます」

とも言っていた。自筆で書き込んだ座右の銘を見たり、紙の匂いを嗅ぐことで集中力を保つのだという。

先日、第六十六期将棋名人戦の大盤解説にぶらりと出かけた。 羽生さんが私の贔屓の棋士であることと、解説会場が近所だったこともあって、自転車で行ってきた。 相掛かりの最新形に進んでいた戦形は、中盤に森内さんの受けの勝負手を羽生さんがうまく咎めて、羽生さんの完勝となった。
大したものだ。羽生さんは10年ほど前に話題になった7冠王を1冠まで失冠してから、現在3冠まで盛り返してきている。 彼の不撓不屈の精神に、情熱を持って物事に取り組み続ける姿勢にいつも感服させられてしまう。

実は私が持っている名人戦の扇子は、くだんの解説会で行われた「次の一手名人戦」で私が景品として当てたものだ。 通常、解説会は中休みに参加者が次の一手を紙に書いてプレゼントに応募する。 女流棋士が抽選して当選者を読み上げるのだが、いきなり

「一人目の方...文京区からお越しの...」

といって名前を呼ばれた。過去に何か当選した記憶なんて無いものだから、 ドキーンとなって、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。 が、今考えてみると何が恥ずかしかったのか良く分からない。 ご丁寧に「次の一手名人」なる賞状も頂いた。

せっかくなので(何がせっかくかサッパリ分からないが)無地の扇子を買ってきて、 自筆の扇子を作ろうかと秘かに計画している。 しかしながら何て書いたらいいか分からない。 カッコイイ言葉があればいいのだが、私が座右の銘としている言葉は「それがどうした」だ。 某直木賞作家がエッセイの中で困難な人生に立ち向かう時に思い出している言葉だ。 「それがどうした」と扇子に書いてもねぇ。

今月は FAIRPORT CONVENTION の デビューシングルが入荷しました。ISLANDと契約前にTRACKから1枚だけ出したもので、 オリジナル盤は入手困難です。



 

■アメフレ(JUL 2008)

知らないうちに靴底に穴が空いていたようで、梅雨空の外を歩いていたら、 靴の中がチャプチャプいってる。 足に黴が生えそうで気持ち悪いので、靴を買おうと思い立った。 そもそも私は必要に駆られないと買い物なんかしない。

「はて、雨に適した靴とは何だろう」

暫し瞑想するが、長靴くらいしか思い浮かばない。 そうじゃなくて、雨でもOKだし、カジュアルな服装にも合いそうな都合の良い靴が欲しいのだ。 普段着に長靴なんて履くわけには行かない。

インターネットで「防水 靴」とか「雨 靴 カジュアル」とか時間を使って検索するが、ピタッとしたものが中々見つからない。 なんだか馬鹿馬鹿しくなって、机に向かって仕事に取り組むが、頭の中を「防水 カジュアル 靴」がグルグル回って手に付かない。
そうして、四苦八苦して思いついたのがデッキシューズ!
その昔、BEAMSやボートハウスの服を若者が挙って着ていた頃に流行った靴だ。 デッキシューズは、元々アメリカでBoat Shoesとして、海軍やヨットの甲板で働く人たちのために開発された靴で、水に強い。 しかも普段着に履いていても、ちっともおかしくない。いや、カッコイイ。
心の中で快哉を叫んでから、早速インターネットで検索する。

無い。
似たような靴は見つかるが、廉価なレプリカだったりする。 本物のデッキシューズでなければ、防水加工されていないので意味が無い。 やっと見つかっても、欲しい色が無かったり、サイズが合わなかったりする。 なんだか、天国から地獄に突き落とされたようでがっかりする。 自分は本当に運が無い男だ、とそこまで考え始める。 四苦八苦の挙句、結局、御徒町の怪しげな靴屋に取り寄せてもらった。

やっと手元に届いた箱を開けて、ブルーのデッキシューズを見て舞い上がった。 早速、履いて表に散歩に出るが、この数日、抜けるような青空が続いている。
普段は鬱陶しい雨空が今は恋しい...雨降れ...アメフレ。

今月は SPIROGYRA の OLD BOOT WINE が入荷しました。サードアルバムの人気が高いですが、こちらのセカンドも名盤です。 年々きれいなものは入手が難しくなってきております。


 

■本末転倒につき(JUNE 2008)

アナウンサーの徳光さんが場外馬券売場で発券をめぐって騒ぎを起こし、レギュラー番組の中で謝罪をしていた。 メーンレースを買うため、発券機に8万円の紙幣を入れたが、機械トラブルで発売中止になってしまったそうだ。 「早くしてよ」と競馬専門紙を叩きながら、係員に怒りをぶつけていたそうだ。 「出走5分前で頭に血が上っていた」と謝罪していた。ちなみに紙幣は返却されたが、出走には間に合わなかったという。
テレビを見ていて、これはおかしいと思った。

「謝らなくてはならないのは、JRAじゃないのか?」

彼が働いて稼いだ金を、週末の楽しみに使おうとして、それをできなくしたのはJRAじゃないのか?
的中するしないの問題ではない。 予想に使った時間はどうなるのか。
まったく本末転倒の話が多い気がするのだが、気のせいだろうか。
近頃、歳をとったからなのか、傍若無人な態度や人を食ったような口の利き方をするセールス電話に無性に腹が立つ。
こちらも起承転結の無い話になってしまった(いつものことだが...)。

今月は DULCIMER が久しぶりに入荷しました。幻想的なジャケットのアートワークは何度見てもいいですね。 CDでは決して味わえない英国の音楽文化をストレートに感じることができると思います。


 

■銀座の夕暮れ(MAY 2008)

ガイちゃんに貸した金が返ってこない。
ガイちゃんは、アウトローの世界で生きているようなんだが、どこか気のいい奴で、 人相にも凶悪な感じが全然無く、それでいて喋る内容はきわどいことが多い。 銀座を根城にしていて、夕暮れ時になるとどこからともなく現れてセカセカと早足で何処かへ消えていく。 不思議と周りの人の金回りを把握していて、ちょっと懐に余裕があるときにはスッと近寄ってきて話しかけてくる。
先日も夕暮れ前に、銀座の裏通りのラーメン屋を出た所でバッタリ出くわした。

「今度タイで成人病の特効薬を栽培する畑を作るんだヨ。俺プロジェクトマネージャーを任されてるんだ。 Kちゃん投資しない? 絶対儲かるし、いい薬が出来れば人助けにもなるしサ。」

それで幾ばくかの金を渡したんだが、それっきりパッタリ連絡が途絶えている。

銀座という街が好きだ。
勘違いしないで欲しいが、別に夜のクラブ活動が好きなわけではないし、生憎そんな金も持ち合わせていない。 人々が働くパワーを感じ取れるから、色々な仕事の人たちが懸命に生きているから、 そこに触れてみたくなる。
銀座の夕暮れは、夜働く人達には朝なんだろう。 私の知り合いの年配の女性で、私がよく行くTという焼き鳥屋で夕方の開店と同時にブレックファーストをほぼ毎日食べる人がいる。 店の人も心得ていて、その女性がくるとカウンターの奥へ何気なく座らせて、 何本かの焼き鳥とビールの小瓶とご飯と鶏スープをすぐに出す。
さぁ、ビールで景気つけて今日も頑張るぞぉ、でも仕事があるから小瓶にしておこう、ってな感じが伝わってきていいんだナ。

今月は Colin Hare のデビューシングルが入荷しました。LP未収録のとても良い曲です、貴重なPanny Farthingのカンパニー スリーブも付いています。この機会に是非聞いてみて下さい。



 

■菜の花(APR 2008)

上野で、すんゲェ車椅子の乗り手に会った。 まずスピードが違う。 私は切符を買うために券売機の前で財布を取り出さそうと下を向いていたんだが、 最初原付バイクかなんかが至近距離を通過したのかと思った。 冗談じゃなく、ビュッっと音がして風を感じた。 その後、地下鉄の乗り場へ降りて行く様子だったので、私が後姿を目で追っていると、 コーナリングは鋭角で正確無比、F1パイロットのように綺麗にアウトインアウトで最短距離で曲がっていった。

地下鉄のホームで再度乗り合わせたが、まず乗り込み方が只者ではない。 ホームより地下鉄のドアが少し高くなっているのだが、その高さをスタンッ!と小気味よくジャンプして乗り込む。 即座に隅の方に設けてある車椅子の人のための座椅子が設置されていないスペースに走って行き、 方向転換をしながら流れるように、しかしものすごいスピードでバックしながらそのスペースに収まる。 以前、カースタントのプロが縦列駐車のスピードを競うテレビ番組があったが、 それよりもよっぽど迫力があった。

鼻がムズムズする季節になったが、家人と散歩に出て、春野菜が並ぶ八百屋の前を通りかかった際、今夜は菜の花がいいねェと言ったら、 間髪入れずに、花は水を変えたりして面倒だからイヤです、と切り返された。
そうじゃなくて、今夜はおしたしが食べたいと言ったの!
誰が八百屋の菜の花を生けて育てるんですか...

今月は、貴重盤スプリングセールと題して昨年来集めていたレコードを少しですが放出します。 その中で、SEX PISTOLS の PISTOLS PACK を取り上げてみました。 6枚のシングル盤を特製のビニールアルバムに収めたコレクターズアイテムです。 めったにお目にかかれるものではありません。


 

■やっぱりホッピー(MAR 2008)

久しぶりにジン太と上野で呑んだ。 ジン太は、幼少からの付き合いで、 私の生家の近所で生まれ育ったが、はんちくな悪事を繰り返すうちに親父さんに勘当され、 一時行方知れずになっていたが、今は下町で左官の仕事をしていて立派な親方になっている。 日焼けした肌に、太い二の腕が頼もしい限りだ。

私たちは、この辺じゃ高級な部類に入る天ぷら屋のカウンターの奥にどっかりと陣取り、 蛤の天ぷらをムシャムシャ喰いながらビールを呑み出した。
隣で老客が、まったく天ぷらを注文しないで、厚岸の生牡蠣で日本酒を呑みながら 店の若旦那と話している。

「昔は気取って買い物なんてときは松坂屋によく行ったもんだ」
「それは今でも皆さんそうでしょう」
「松坂屋も立派になったねぇ。昔は木造で座敷に上がり込むような店だったのにさぁ」

いったいどれほど昔の話をしているんだ?この人何歳なんだ?

「おい、年寄がスゲェ話してるな」

ジン太の方に向き直って話しかけても、ジン太がモジモジしながら、どうもしっくりこねぇ...なんてブツブツ言ってるから、どうしたのか訊くと

「なぁ、天ぷらにビールってのはおかしくないか?」
「じゃあ酒にするか。何でもいいぜ」

私は促したが、酒ってのもなぁ...とまたブツブツ言い出した。私はあきれ返って言った。

「やい、いったいいつも何を呑んでやがるんだ?何が呑みてぇんだ?」
「やっぱりホッピー」

そりゃココには無いだろう。

今月はPENTANGLE-Solomon's Seal UKオリジナル盤の完品・美品が入荷しました。 このレコードUK盤が少ない上に、インサートの欠損が多かったりで苦労します。 やっと見つかっても、めちゃくちゃ傷みやすいジャケットで、きれいな保存状態のものは数が少なくレアです。





 

■ジョンの魂(FEB 2008)

年初に仕事でニューヨークへ行った。
この時期、ニューヨークの平均気温は0度、夜半は氷点下に冷え込むと聞いていたので、ダウンジャケットなど着込んでいったのだが、 着いてみると東京より随分と暖かくてビックリした。 仕事の方は存外、大したトラブルも無く、粛々と片付いたが、マンハッタンのミッドタウンの宿に世話になったため、 あまりの人の多さに辟易して、結局クタクタで帰路に着くこととなった。

暖かさよりも驚いたことはニューヨークの喫煙人口の多さ。東京の私の巣の周りの道は路上喫煙が禁止されていて、 当初それを知らない私が咥えていたタバコを見回りの人に注意されたことがあった。 ところが、アメリカ人はタバコを吸わないと聞いていたのに、ニューヨークの街は路上喫煙者で溢れ返っていた。 想像するに、建物の中でタバコが吸えない決まりなので、喫煙者が全て路上に出てきているのだろう。 こっちの方がよっぽど街が汚れて見っとも無いと思うのだがどうだろう。

仕事の合間に、セントラルパークにあるストロベリーフィールズと呼ばれる場所へ行った。 ダコタハウスに程近い入り口から公園に入り、美しい木立の中を散策すると、すぐにイマジンサークルという 地面に埋め込まれた円形の石碑が目に入る。献花したかったが花を持ち合わせていないので、黙祷して帰ってきた。
今から27年ほど前のよく晴れた冬の日、ジョン・レノンはダコタハウスに帰ってきたところを射殺された。
ジョンの魂は、平和を愛する人たち、現役の音楽家の心の中に受け継がれていると思う。 ジョンが最も伝えたかったメッセージが石碑に刻まれていた。

Imagine all the people living in peace

War Is Over(if you want it)!

このメッセージは、彼の死後もアメリカのリーダーには伝わらなかったようで残念である。

今月はJo-Ann KELLYのCBS原盤が入荷しました。音楽的内容、ジャケットのデザインから人気があるのか、年々入荷が難しくなってきています。


  ■年の瀬でも懐かしい兄弟(JAN 2008)

年末が近づき、少しずつ人々の歩く様子が忙しなくなってきた街並みで幼い兄弟に出くわした。 弟の方が火のように泣いていた。 膝小僧を押さえて泣いていたので、その辺で転んだのかもしれない。 ちょっと心配そうな顔で道行く大人たちが見ている。
ハッと気がついたんだが、昔はそこらじゅうにこんな兄弟が沢山いた。 なんで少なくなったんだろう。泣いている子供を見ても道行く大人たちは一々気に留めていなかった。 まぁ、命に別状は無いんでちょっとビックリして振り返って、「ガンバレよ」と心の中で念じていたかもしれないが。 私子供の頃はグループになって遊び、夕暮れ時には数名が喧嘩やら何らかのトラブルで泣き出し脱落していた。 それでも次の日は、また一緒になって遊んでいた。

11月になったので都下の焼き鳥屋Mへ行った。野鳥の猟が解禁になると、山鳩や鶉など珍しい焼き物を食べさせてくれる。 ここの主人とは彼是15年くらいの付き合いになる。 もう90歳を過ぎているが、いつ行っても威勢のいい声で迎え入れてくれる。 ある夜、日頃同じような焼き鳥ばかり注文する私に、
「たまにはこんなものでも喰いなよ」
と言って砂肝の刺身を出してくれた。本当においしいかったことを素直に伝えた。 それからは、どんなに混んでいても珍しい入荷品があると捌いてくれるようになった。 品書きに載っていない真鴨のハツや生つくねを初めて食べさせてくれたのもこの店だ。
変わり者の主人で、酔っぱらって上がり込もうものなら、たちまち追い返されてしまう。 私も何度となく怒鳴りつけられている客を見てきた。 ある日、せっかく来てくれた客を何で追い返すのか訊いてみた。
「あんなに酔ってちゃ食べられる鶏がかわいそうだもの」
もったいないの意味を知る世代の言葉だ。 主人との会話も楽しいのだが、ここは周りを気にしないで酔えるのがイイんだナァ。 件の幼い兄弟の話を、ここの主人にしたら嬉しそうに頷いていた。

今月は Rubber Soul のコントラクトプレスが入荷しました。WITH や Please Please Me ではたまに DECCA プレスを見かけますが、 Rubber Soul の溝ありプレスは初めて見ました。デッカの二重の溝とは形状が違い、ぽっこりと中央が窪んでいる印象。 もしかしたらPYEか他の会社かもしれません。大変レアだと思います。



 

■サンドイッチ楽部(DEC 2007)

日本橋蛎殻町に一際行列ができる弁当屋がある。 周辺は地場証券や繊維問屋が立ち並ぶオフィス街で、それなりに弁当の需要があるので、弁当屋はかなりの軒数があり競争も激しかろう。 売っている弁当はありきたりのもので、特筆すべきことは何もない。 近傍に私が行き着けの食堂があるので、しょっちゅう通りかかるのだが、いつも不思議に思っていた。
店の名前は「サンドイッチ楽部」。 元々は「サンドイッチ倶楽部」と名乗っていたのだが、 看板の"倶"の字がわざわざペンキで消してある。 倶とは苦を連想させるからなのか、人生お気楽に行こうやで楽部なのかはっきりとは解らない。 店名にあるサンドイッチは申し訳程度にガラスケースに陳列されているだけで、 売っているものは件の弁当である。

店の表にはホワイトボードが置かれている。 こういう店は普通、その日の弁当のメニューがそのホワイトボードに書かれているものなんだが、ここは違う。 店主の"今日の一言"がマジックで殴り書きされている。 先日私が通りかかった日の一言は「死んでも誰も泣いてくれないようでは生きる甲斐がない 」。 斬りつけられるようなストレートな言葉だが、あれは店主の言葉なんだろう。 人の本音が包み隠されたオフィスで、心を少しでも揺さぶられるその一言に勇気づけられ客が群がっていると思っているのだがどうだろう。

今月は CIRKUS の幻のシングル盤が入荷しました。プライベートレーベルばかりからONE、FUTURE SHOCKと2枚のLPを出していましたが、 実は一番見つからないのがこの3曲入りシングル。もちろんアルバム未収録の曲です。


 

■がんばれT君(NOV 2007)

唐傘一つ持たないで散歩に出ちまったもんだから途中から雨に降られて困った。
何となく都営地下鉄線を乗り継いで人形町まで来てしまい、 甘酒横丁辺りで昼間っから一杯やろうと思っていたんだが、 生憎目当ての店が休みで途方に暮れていたところにザーッときた。

雨宿りをするには、明治座の正面玄関のベンチがうってつけなんで、しばらく座って煙草なんか吸っていると、 様子のいいご婦人が次から次へと入り口へ吸い込まれていく。気のせいなんだが、ご婦人方がちょっとこちらを一瞥していから通り過ぎて いるような気がして落ち着かないので、浜町公園の石垣の木の下で濡れていない所に座り込んでジッとしていた。

暫くすると雨も小降りになってきたので、立ち上がって行こうとすると呼び止められた。
「Kだろう」
顔を見て誰だか分かったが名前が出てこない。 高校生のころの知り合いのTという奴で、相手が名乗るとそれを繰り返して、すぐ分かったよと言ってしまう。 Tはス−ツのズボン、白いワイシャツにグレーの作業ジャンバーを着ている。 Tにそこら辺でコーヒーでもどうかと誘われた。
「コーヒーよりも腹が減っているんだ」
「それなら、俺が知っている中華料理屋がすぐそこにあるから行こう」
私は断るつもりで返答したんだが、結局、連れ立って一緒に歩き出した。

Tが向かったのは燕慶という街場の店で、どこにでもあるような造りだったが、 唯一私の気を引いたのは表に"上海蟹入荷しました"と貼紙がしてあることだった。 ちょっと期待してテーブルに着くと、Tは上海蟹だけを2杯注文して、ここのは美味いから、と私に言った。 注文の仕方が少し偉そうな気がして腹が立ったが、今それを言っても仕方ない。 飲み物に私は紹興酒、Tはビールを頼んだ。
「仕事中だろう、いいのかよ」
「さっきまではな。もういいんだ」
私が訊くと、Tは答えながらグラスのビールをうまそうにゴクゴクと飲み干してしまった。 Tの言い方がどこか投げ遣りに聞こえて気になったが、私の気持ちは直ぐに目の前の蟹へと向かっていった。

蟹を食べているとき人は無口になるらしいがTはよく喋った。大学を出て、サラリーマンを数年やってから親父さんの 会社を継いだこと。3人の子供と都下の一戸建てに住んでいること。長男が野球をやっていて将来有望なこと。 退屈な話だったが、黙って聞いていた。
蟹は美味だったが、食事の量としては物足りなかったので、私は何か追加で注文することをTに告げた。
「それなら河岸を変えて焼き鳥でも食おう」
Tにまた誘われたが、私もこのまま分かれるのは何か中途半端な気がして付き合うことにした。
私達は近くのSという小料理屋へ行った。 私も細かいことなどどうでもよくなって本格的に呑み始めて、 自分のこともポツリポツリと話し出し、気がつくと楽しくなっていた。 昔話を肴にゲラゲラ笑い、しこたま呑んで店を出た。 私達はまだ宵の口の甘酒横丁を大声で話しながら練り歩いた。

私達は歩き疲れて、最初に出会った浜町公園のベンチにへたり込んで、夜空を見上げていた。 Tが雨上がりの夜空を見上げながら、経営していた自分の会社が今日倒産したと私に言った。
「そうか」
私はそうとしか答えられなかった。
当座から返済の金が落ちずに、公庫などへ金策に朝から走り回っていたが万策尽きたのだという。
「お前は調子よさそうじゃないか」
「何とかやっているよ。でも恥の掻きっぱなしだ」
「そうだろう。プータロウもいいもんだって今日初めて分かったよ。実は昼間会ったとき家に帰りづらかった。お前に会ってよかった」
Tの顔は相変わらず夜空を見上げたままだったが、その声に自棄気味な調子が消えていた。 連絡先も交換せずに、私達は公園で分かれて、私は地下鉄の階段を下っていった。「T、がんばれよ」と心の中で念じながら。

Jimi Hendrix の Electric Ladyland のファーストプレスが入荷しました。見開きジャケットのレタリングが青文字、レーベルのレコード番号 が逆さに印刷されています。ジャケットのコンディションはそこそこですが、盤は極美品です。 通常のオリジナル盤に比べて存在確率は10分の1以下ではないでしょうか。


 

■スマートボール名人(OCT 2007)

近くの神社から景気のいいお囃子が聞こえてくるので、出かけてみた。 お祭りといえば、縁日。 祭るべき対象が霞むほどに、最近の縁日は量も種類も豊富であるが、 ここ数年、従来の屋台に加えて、海外の料理系屋台、 例えば、ベトナムラーメンとかドネルケバブとか中国の点心やチヂミが気になる。 気にはなるが、ちょっと祭りの喧騒の中で食べる気はしないでいる。

あんず飴。少年時代の私にとって縁日の王様だった。 色鮮やかに染め貫いた李、杏、サクランボなどの種を短めの割り箸に刺し、 周りを水飴でコーティングして、分厚い氷の台の上に陳列してある。 食べる寸前に杏が漬けてあったシロップにサッと潜らせ、麩のお椀を受け皿として使う。 こうすると水飴が溶けても手が汚れなくてよろしい。 こういった屋台には、必ず小型のスマートボールや伝助博打の元ネタのようなちょいとしたゲームが備え付けてあって、 まず客は金を支払った後にこのゲームを行う。結果によって1本、3本などと貰える本数が変化する。まあ大概は1本なんだが。

その昔テキ屋のギューちゃんという知り合いがいて、全国津々浦々の祭りに出店するため旅烏のような生活をしていた。 背中に昇り龍の彫物なんかがあって、普段は人懐っこい表情をしているが、 露店に立つときは背筋が伸びて威勢のいい声を出していた。 ギューちゃんは露店のスマートボールの名人だった。なんてことはない、暇なときに自分の露店に備え付けてあるスマートボール で遊んでいるうちにコツを飲み込んでしまったのだ。 自分の露店をほったらかして、わざわざ他の露店へこっそり買い物へ行き、スマートボールで大当たりを出しては 破顔一笑していた。 私がお祭りに出かけるのは、縁日も楽しみなんだが、めっきり連絡の取れなくなったギューちゃんに バッタリ遭遇することを期待しているのかもしれない。

今月はSENSATIONAL ALEX HARVEY BAND/Framedが入荷しました。レーベルが渦巻きからスペースシップに変る過渡期の発売で あったため、オリジナル盤はプレス枚数が極めて少なく入手困難です。


 

■泪橋の絶品珈琲(SEP 2007)

それなりに珈琲のお世話になっている。 食後に口の中をさっぱりさせたくて飲んだりするし、 朝、目が覚めるように飲んだりもする。 別に品質や銘柄に拘りがあるわけではない。 市販のドリップ式のもので充分である。

ところが、ある日突然うまい珈琲が飲みたくなってBという喫茶店へ出かけた。 この店は人から名店と吹き込まれていて、いつも気になっていた。 訪れる機会がなかったが、所用のついでに少し足を伸ばした。 泪橋という簡易旅館や立ち飲み屋が立ち並ぶ、 お世辞にも綺麗な町並みとは言えない場所に店はある。

採光が充分で明るい店内は清潔感に溢れている。 品質管理されていた豆を取り出し、ペーパードリップで淹れてくれる。 私はエチオピアという豆を挽いてもらい、ブラックで飲ませていただいた。 香り高く、苦味と酸味のバランスが絶妙で、電車を乗り継いできた甲斐があったと納得した。 いまどき300円〜400円でこれだけの珈琲を飲ませてくれる店は少ない。

今もこの原稿を書きながら淹れたての珈琲を飲んでいる。 ちょっと飲んでほっとして、また書く。 昔は刺激的なことが私の人生を動かしていたが、今はありきたりのちょっとした幸せが私の人生を豊かにしている。

今月は、Mike McGEAR の Woman アイランド原盤が入荷しました。Paul McCARTNEY と深く関わりのあった人です。 ファーストよりもこのアルバムの方ができが良いです。近年、英国本国でも値上がりが始まっています。


 

■池袋1987 (AUG 2007)

大学に通っていたころ、Kさんとよく遊んだ。

Kさんは同じ大学に通う2年先輩で、 池袋の雑居ビルで警備のバイトをしながら、ついでにそのビルを住みかとしていた逞しい生活力を持った人だ。
フランス文学を専攻していたが、授業にはまったく出ないで、 売れない純文学をせっせと書いては、出版社に持ち込んでいた。

酒はそんなに強くなかったが、よく一緒に呑んだ。 私達は人間の本性がむき出しになるまで、酒を呑み続けた。 当時、私達は、そうしなければ目の前の相手を決して信用しなかった。 Kさんには、雀荘、競馬場、スナック、そういう大人の遊び場の入り口にもよく連れて行ってもらった。
Kさんは何度も留年して、故郷の島根県に住むご両親からの仕送りを止められ、 それでも自分で新宿のホストクラブで働いて、学費を納めて、退学しなかった。 今思い返すと、彼にとって大学は社交場だったのだろう。後輩ばかりになったサークルの古机に 屯して、いつも何か面白いことはないか探していた。

ロマンチストで、女性にもてて、涙もろくて、 彼の純粋で無頼な生き方に憧れていた。 Kさんと一緒にいると、音楽に熱中しながらもどこか物事を斜めから見ているような自分の生き様が恥ずかしくて、嫌でたまらなかった。

Kさんの訃報を聞いたのは、卒業後3年くらいしてからだろうか。
Kさんが厄介な病気で苦しんでいるとの話は耳にしていたが、私はそれほど深刻には受け止めていなかった。 別の先輩からかかってきた電話に言葉を失った。
告別式に参列させていただいたが、その後の食事の席で初めてKさんのお父様にお会いした。 息子に先立たれたお父様が、弔問客に差し出すワンカップの本数が足りるかどうか気になさって、 「あと3本くらいコウとくか、いや4本くらい」と繰り返していた言葉が 今でも頭から離れない。人を惹きつける魅力は親から子へと引き継がれていくことを、初めて知った。

Kさんのような人に暫く会っていない。 腹の底から笑って、それが止まらなくなるような思いを随分していない。 昨今は、男も女も本性が解らない。心を開いて、ありがとう、バカヤロー、すみませんと言える人は家族以外は一握りだ。 Kさんのような人が死んで、自分のようなつまらない人間が生き残っている。

今月は、RENAISSANCE/Illusion の英国 Island Help 原盤が入荷しました。当時は西ドイツ盤のみが発売され、母国である英国盤は輸出用に極少数プレスされ、すぐに回収されました。 ジャケットのコンディションいまひとつですが、滅多に拝めるものではありません。

 

■しょうもない一日(JUL 2007)

別に時間を持て余しているわけではないのだが、ふと思い立って枕草子を読み始めた。 かみさんが国文科卒なので、家には原書が転がっていて、しばしば昼寝用の枕として私が活用している。
春は曙、やうやう白くなりゆく山際... 夏は何だって?
惨たんたる集中力と読解力不足で、ほどなく文意が汲み取れなくなる。 昔から、古文という科目が苦手だったことを思い出した。 漢文なんて教科もあったが、文章が暗号みたいに思えて、まったく興味が湧かなかったなァ。

批評を読んでいて気付いたのだが、著者の清少納言という人は上流階級の人間ではない。 「清少納言の出身階級を忘れひたすら上流に同化しようとした浅薄な様の現れである。 (自分の親族身分のみならず身分が高い者に対しても敬語がないため) 」などという件がある。 大昔は女流作家がエッセイを書くのも階級に配慮したりして大変だったのだろう。

読みかけの原書を早々に放り出して、今度は3時間ほどテレビの前を動かなくなってしまう。 気付くと、無意識のうちに手元にペットボトルのお茶やらクッキーなんかを運んでいる。 仕事は山ほどあるのだが、この自堕落な時間を失ってなるものかと向きになってチャンネルをフリップする。 仕事の生産性はどのように落ちていくのか、皆さんお解りか。

最近しょうもない事で困ることが多い。
3時を過ぎてから銀行の用事を思い出す、持っていたと思っていたライターが出先で見つからない、 なんてのは序の口で、先日はかみさんと待ち合わせていたことをすっかり忘れていて、家に戻ってからこってりと油を絞られた。 別に老化しているわけでも、更年期でもないと思うが、仕事以外のことでも、もう少し緊張感を持つようにしよう。

本当にひさしぶりにGRAVY TRAINのVERTIGOマスターピースが入荷しました。ジャケット、音楽的内容、やっぱりオリジナル盤で持っていたい一枚です。


 

■平和な時代に生まれまして(JUN 2007)

「硫黄島からの手紙」、「父親たちの星条旗」、「男たちの大和」、「君のためにこそ僕は死んでいく」など 昨今は太平洋戦争を題材にした映画が多く作られている。 いくつかの作品を映画館やDVDをレンタルして鑑賞した。
大変な時代だったのだろう。 どの作品も戦争の過酷さを訴えてはいたが、その背後で政治家や権力者の醜さと戦友同士の絆の美しさが綱引きしているように見えた。

日本人の自他共栄の精神、滅私奉公な生き様などは、思えばこの時代がピークだったのかもしれない。 戦争を肯定する気は毛頭ないが、近年の自己中心的な事件などを耳にするとどちらの時代がまともだったのか解らなくなる。

私は、「硫黄島からの手紙」はウィークデーの昼間に繁華街の映画館で鑑賞した。 人気のある作品と聞いていたので、空いてそうな時間を選んで出かけたのだ。 来ている人たちを見て驚いた。ほとんどが老人ばかりだった。それも90歳前後の方々だろうか。 上映中に震えだす人もいた。もうお分かりだろう。実際に従軍した人たちが映画館に来ていたのだ。

上記の作品の中には、退役軍人の社会復帰の難しさを付け加えている作品もあった。 Bruce Springsteen などアメリカのアーティストの歌詞には、この手の事柄が歌われていることが数多い。 アメリカが今でも戦争をしているということなんだろう。

今月はYESの危機マトリックス1が入荷しました。 両面エンボスジャケットにマトリックス両面1のレコード盤が封入されたファーストプレス。 美品は年々出にくくなっています。


 

■四谷喰談(MAY 2007)

本当に久しぶりに四谷のM鮨へ行った。 主人のEさんとも久しぶりに話しをした。 カウンターに座ってビールを呑み始めると、以前私が好んで食べていた煮烏賊と穴子の"つけ"焼きを出してくれた。 勧められるままに食べた鳥貝がおいしかった。愛知の知多半島からきたものだという。 他にも鱚の木の芽寿司や醤油に漬けた鮪など昔とまったく変わっていなかった。
初めて暖簾をくぐったのは10年前になるだろうか...

奥様とも話しをさせていただいた。 商売は本当に難しいとおっしゃっておられた。 ここは珍しい夜明かしの鮨屋で、四谷に2店舗あったが、現在は1店舗だけだ。 よく見ると、今日は私の貸切状態で他に客が誰もいない。 職人さんの数も少し減ったようで、筆者と同じ苗字の職人さんは岩手へ帰ってしまったそうだ。 ずいぶん良くして貰った記憶が甦ってきて、少し胸が震える思いがした。
よく見るとみなさん若干老け込んでおられる。 当然のことながら自分も老け込んでいるはずで、 酒量が落ちたと告げると、 良いことですよと主人に言われた。体が自然にそうなっているんだから 自然に任せなさいということなんだろう。 10年前は、「鴨鶴」という金粉が入った酒をコップでガブガブ呑んで、鮨もたらふく食べて明け方に帰宅して、平気で翌日早朝から仕事をしていた。
ご主人も近隣に駐車場がなく苦労しているという。 朝、仕入れに築地へ車で出かけるのだが、ヘトヘトになって帰ってくる。なんでも駐車場から店まで歩いて30分もかかるそうだ。
光陰矢のごとしですねェ。Eさんの握った鮨だけが変わっていないことに、初めて気付いた。

今月は、MEGATONのドイツオンリーのシングル盤を紹介します。 LPは6桁級のメガレア盤ですが、このPS付きシングルも負けないくらい入手困難です。 ヨーロッパの湿った空気を感じさせる作りで、手にしたときにちょっと溜息が出そうになります。 わかってもらえるかなァ。

 

■Oさんに教えられて (APR 2007)

宇都宮へ小旅行に行ったときの事を書く。
春先に気の合った仲間と小旅行に出掛けることが近年の楽しみになっていたが、 今年はお互いの都合が合わず、また私が現地で仕事があったため今年は一人で出かけた。

連休中のため新幹線は混み合っていた。 小山を出てすぐに宇都宮だ。 降車ドアの行列は嫌いなので少し早めに席を立ちデッキに立っていると、 様子のいいご婦人が携帯電話で喋っている...
「もうすぐ着くから」
(フムフム。実家の人に車で駅まで迎えに来てもらうんだナ。)
「餃子の前で待ってて」
スゴイと思った。餃子の前とは駅前に餃子の銅像でも建っているのだろうか。

仕事先までタクシーに乗った。
この運転手さんが、よく喋る。散散、宇都宮の歴史やおいしいものを教えてくれて、 帰り際に名刺までくれた。名刺を差し出す運転手は初めてだったが、受け取ってきた。 この名刺がおもしろい。キャッチフレーズがついている。 この運転手さん(Oさん)は「やさしさ第一の」と書いてある。各人色々なフレーズが刷り込んであるのだろう。 想像しているとちょっと楽しくなる。
私が餃子のおいしい店を訊くと、今その店の前を通りますからといって教えてくれる。 しかし、それだけで話は終わらない。その店の栄枯盛衰を教えてくれる。 「あの店は天国と地獄を味わった店です。昭和40年に主人が台湾から持ち帰ったレシピで開店して、それは繁盛したのです。 しかし、その後、根も葉もない噂話で客が来なくなり、苦労したんですが、 昨今のグルメーブームに乗ってまた、行列のできる店になりました」。
なるほど、そうですか。そういう歴史を踏まえた上で頂いた餃子は、乱雑に食して味わうようなことはできなかった。
仕事の方は思いのほか、トラブルが多く、少し嫌な思いもしたが、 それ以外は競輪場で日向ぼっこをしたり、のんびりした旅だった。

今月は、BEATLES FOR SALE の両面ミスクレジット盤が入荷しました。A面が"I'M A LOSSER"、B面が"Northern SSongs"。 二度と出ないでしょう。プロモスティッカーがあるので、本当の極初期プレスだと思います。


 

■サイケな万華鏡 (MAR 2007)

先日、江戸川橋の"みつぼ"で呑んでいたとき、隣席の若者に声を掛けられた(最近多いんだナァ)。 最近よくここで晩酌をする。ここなら、たらふく呑んで食べて3000円であがる。 値段が安いわりに生ホルモンや"おしたし"など気が利いた肴も揃っている。

その若者は「煙草を1本もらえますか」と言った。珍しい。 最初、煙草を指差していたのでライターを貸して下さいとでも言うのかと思っていたら違っていた。 私は心の中で一旦は腹を立てたが、結局「ああ、どうぞ」と言って一本あげた。 よく見ると、O君と名乗ったこの若者、私の若いころにそっくりなのだ。 中途半端に金髪に染めた油っけのない髪に、煮しめたような色のジャンバー、穴のあいたジーンズを着ている。 話してみると、気は利かないが朴訥なやつで、七三バッチリで銀縁の眼鏡なんか掛けて昨今の株式市場について話す男たちより よっぽど信用できる気がした。 結局、その夜彼は居場所を見つけた猫のように私の懐に飛び込み、私の煙草を吸い、私のホルモン焼きを喰って、 閉店時間まで呑んで一緒に店を出た。

それ以上面倒な関係になるのも嫌だったので、O君とは目白通り辺りで別れ、私は自宅の方向へ歩き出した。 しかしながら、安物の焼酎をしこたま呑んでから夜歩きしたので、自宅のあるマンションに着いたときには完全な酩酊状態だった。 しかもマンションが停電していてエレベーターが使えないと張り紙がしてある。 おい冗談だろう。私の巣は14階だよ。逆上しそうになったが、文句を言う相手がいない。 ヘトヘトになって階段で14階まで辿り着くと、家人が「バカねぇ、何日も前から告知の張り紙がしてあったじゃない」と止めを刺す。 ハァハァと肩で息をしながら寝床につくと天井が少し回ってみえた。ちょっとサイケな万華鏡みたいだった。

今月は KING CRIMSON の ISLAND が入荷しました。ピンクリムレーベル、シングルジャケットに袋状のインサート型内袋が付属したオリジナルです。 この内袋、裂けているものがほとんどで、まともなものは見かけなくなりました。

  ■お台場を練り歩きまして(FEB 2007)

以前、このコーナーの駄文に昔の遊びが面白い、最近の遊びはつまらないと書いたことがあったが、驚くほどの反響があった。 爾来、賛同のメールが連続して届き、驚いたと同時に感謝の気持ちで一杯になった。 ピンボールだアナログだと書いたからか分からないが、ここへ行けば昔のピンボール台で遊べますと ご丁寧に店の住所などが記されたメールも頂いた。 一応、礼の言葉を綴ってメールを返信したものの、教えてもらったからには遊びに行かなくてはせっかくの好意を無駄にしてしまうと 自分に都合の良い理屈を付けて、嫌がる愚息を言葉巧みに誘って行ってきました。

お台場DECKSに一丁目商店街なる昭和の遊びをコンセプトにした商店街がある。 昔の駄菓子屋、文房具屋、昭和初期の洋食にフォーカスしたレストランなどが軒を連ねている。 丁度、私達が訪れた日にはプロレスの興行が行われていて 「闘魂カーニバル!アントニオ小猪木とジャイアント小馬場参加バトルロイヤル」 なんて凶悪なのか可愛らしいのかサッパリ分からない取組みをやっていて、信じられないくらいの人だかりが出来ていた。 商店街の中ほどに設置されたフルーツパーラーで腹ごしらえをしてから、目当てのゲームセンターに乗り込んだ。

愚息に幾ばくかの金を渡して勝手に遊ぶように命じてから、 自分は6台設置してあるピンボールで遊びだした。 その中には昔自分が遊んだこのあるマシンもあったりして、薄暗い下町のボーリング場の記憶が幽かに甦りました。 実は設置してあったマシンの内3台は、動作不良のためコイン投入口にガムテープが貼り付けてあって、 アナログのそれも40年以上も前のピンボールマシンのメンテナンスの大変さが汲み取れた。 ピンボール以外にも、ヘリコプターを巧みに操縦して電線をタッチいくゲームなどがあり、 早くジーンズを買いに行こうと急かす愚息を無視して、時間も忘れて遊びました。楽しかった。メールを下さった方、 記して感謝いたします、ありがとうございました。 因みに愚息は、その中では最も近代的?なゲームに見えるゼビウスをやっていたが、果たして彼の遊びの魂は揺さぶられたのだろうか。

今、この文章の書きながらなぜ今のピンボールより昔のピンボールが面白いのか考えてみた。 最初にわかった事は、すべてに時間の流れがゆっくりしているのだ。 確かにギミックなどは近代のピンボールの方が複雑で面白い。 しかしながら、緩やかな台の傾斜、 コインを入れてゲームが始まるときにスコアーが初期化される時間、全てがのんびりしている。 デジタルでパッとスコアーがゼロに戻るのとは時間の流れが明らかに違う。 次にわかった事は、音である。1ゲーム上がる(点数やスペシャルで再ゲームできることを「上がる」と言います)カツンという音、 バンパーがボールを弾き飛ばしながらスコアーを変化させるチンチンという音、そういった音が周りの空気を鋭利なものでなく、 ざわざわした柔らかなものにしている。 近代のピンボールでは電子的な音が、例えばバキューンなんて音が出る。

別のメールでは、読者?の方に、昔のパチンコ台で遊べる店も教えてもらった。 筆者は以前書いたような理由で最近のパチンコを打つことはなくなったが、これも面白かった。 紙面が許せば?別の機会に書いてみようと思う。 そう。それで思い出したが、昔は雀球やアレンジボールなんてのもあったナァ。何処にいっちまったんだろう。

今月はFANTASYのPAINT A PICTUREのほぼ完璧なものが入荷しました。ラミネートされていない大変 痛みやすいジャケットなので、これほどのものは初めて見ました。

 

■アイルランドの鰻(JAN 2007)

アイルランドの音楽が好きだ。
UKではありません。リパブリック・オブ・アイルランド。 ケルト語の優しいフィメール・ボーカル物も好きだし、英語で歌われているエレクトリック・トラッドなんかも好きだ。 THIN LIZZY、Gary MOORE、U2などの世界的大物アーティストも輩出している。 フォークであれば、MacMURRAGH、MUSHROOM、LOUDEST WHISPERの母国ですね。どれもオリジナル盤は高価でクラクラする。

初夏に友人のMと連れ立って暑気払いに鰻を喰いに出かけたことがあった。 宵の内に、天然うなぎと染め抜かれた暖簾をくぐると店内はほぼ満席状態。 我々は案内された小上りで、蒲焼を注文してから酒を呑み始めた。
天然の鰻は腹が黄色いそうだ。だから「うな黄」。本当かね。因みに養殖物の腹は白いそうだ。 こういう店は注文してから一から仕事を始めるので、出来上がるまで暫し待たされる。 その間に仲居さんと話したりしていたのだが、今日の鰻の産地を尋ねるとアイルランドだと言う。 えっ冗談でしょう?リパブリック・オブ・アイルランド?あのマックマーロウの?とは訊かなかったが、 利根川や浜名湖辺りからきていると思っていた鰻が実はアイリッシュだったと聞いて不思議な気持ちになりました。 待つことおよそ40分、運ばれた蒲焼の腹は黄色かった。 見た目は見事な飴色の蒲焼で、味も甘さに媚びることのなくキリッとしていて申し分なかった。 アイルランドの人も鰻を食べるのだろうか。ギネスなんか飲みながら煮込んだ鰻をちょっとつまんで。今度試してみよう。

今月は、Basil KIRCHIN の Worlds Within Worlds が入荷しました。実験音楽・フリージャズ・アバンギャルド系 のレコードを集めている人にとって一番ネックになるアルバムです。それほど、オリジナル盤はお目にかかれない、これぞ幻の名盤でしょう。 コラージュサウンドの質はGULLIVER'S TRAVELSとは比べ物にならない。ドイツのFAUSTよりも上だと思います。

 

■遊びがつまらない(DEC 2006)

何かにはまり込んで、とりつかれたように遊んだ記憶があるだろうか。 小学生時代はゲームセンターのピンボール、十代前半でディスコなどの夜遊びデビュー、 十代後半は、バンド活動や演劇、あるいはスキーにサーフィンなどのスポーツ、さらには麻雀・パチンコなどのギャンブル、 って人がいるかナ。 今はまってんだよ、ゴルフって感じの人もいらっしゃるか。 筆者も、レコード収集は別にして色々なものにはまり込んだ。 世間一般でも流行り廃りがあった。 ビリヤードが流行ったときもあったし、下世話な話で恐縮だがノーパン喫茶なんてのもあった。

近頃、遊びがつまらない。
CDとレコードではないけれど、昔のアナログな遊びが楽しかった。 考えてみれば、いや考えてみなくたって、今は巷に娯楽が氾濫している。 カラオケ屋に行こうと思えば10分で行ける。何事も身近なことは便利ではあるけれども、 人間から情緒的なことをどんどん奪い取っていくようで少し不安になる。 色恋沙汰だって、昔は携帯電話なんてなかったから、彼女の家に電話するとき相手の親が最初に受話器を取ったら 何て言おうか震えたものだ。今時の恋愛って会えないあいだに想いが募って悶々とすることなんて無いのかナ。

先日、テレビでリリー・フランキー氏が自身のだらしなさについて喋っていて、 司会者やゲストが珍しい人だと大笑いしていた。 なんでも、氏は20代はまったく働かなかったそうだ。 こういう人を見ていると安心する。若い時分に遊びが過ぎてだらしない、いいじゃないか。 危ないと感じるのは、人生も半ばを過ぎてから初めて遊びにはまり込むことだ。 日頃のストレスの蓄積などがそうさせることもあるだろうが、耳を疑うような幼稚な失敗談もたまに聞く。

元気なおじさんたちはどこで遊んでいるのだろう。たまに酒場で遭遇するけれど、酒場だけが昔と変わっていないのかもしれない。 そんな人たちが遊んでいた公営ギャンブルは衰退し、代わってネット証券・FXでマネーゲームに参加している人もいるのかな。 もちろん、そんなに深く遊びに入り込めるほど大人の日常は楽なものではないし、遊びは大人の一面でしかない。

話が突然変わるが(いつも突然ですが)、 今度、フィル・コリンズがGENESISとしてコンサート活動を行うらしい。 そのフィル・コリンズがドラマーとして最初に世に出たバンドであるフラミングユースの唯一のアルバムが入荷しました。 ジャケットは3面開きにセロファンのウィンドーが組み込まれた変形物です。 昔はたまに見かけましたが、近年はやぶれが無い物を探すのは難しいようです。

 

■地下鉄(メトロ)を降りて(NOV 2006)

神田須田町に所用があって出向いた。 巣へ戻るには都営三田線が利便であるので、神保町駅までてくてく歩いた。 秋晴れの日、靖国通り沿いを歩くのは実に気持ちがいい。 特定の分野にフォーカスした古本屋が軒を並べている。 時間があれば片っ端から立ち寄ってみたいのだが、叶わずにいる。

神保町へ行くと必ず立ち寄るレコード屋が一軒ある。「ターンテーブル」というお店で、 和盤のプロモや古い歌謡曲のシングル盤が面出しされており、商品をぐるりと一瞥すれば私を血の気が多かった時代に引き戻してくれる。 しかしながら、私がここに立ち寄るのはレコードではなく古書を買い求めるためである。 音楽家の自叙伝や、無頼作家のエッセイや純文学などが所狭しと並んでいる。 丁度、レコードの在庫と古本の在庫がフィフティフィフティって感じなんだなァ。 ここで買い求めてからファンになった作家も多い。 おそらく店主が自身で購入して、読み終わった本を売り物として陳列されているのだろう。 訪れる度に、そのセレクションに店主の拘りや暖かさが感じられて、 と言いますか、そのセレクションの妖しげな具合がこちらにも伝わって来て、 どんどんはまり込んでいく感じがいいのだ。 西新宿のレコード屋のように無くなっちまわないように秘かに願っているのだが。

気持ちの良い時間を過ごして神保町駅に着くと、エレベーターの工事をしている。 乗車側の白線と工事の幌が近接していて危なっかしいたらありゃしない。 少しでもバランスを間違えるとホーム下の線路でハンバーガーヒルになっちまいそうだ。 その狭い領域を通過しようとする瞬間、いかにも凶悪な顔をした列車がガォと音を立てて進入してきそうで思わず早足になる。

ロンドンのチューブ(地下鉄のことです)の駅で、あれはコベントガーデンだったかな? 階段で地上に出れない駅がある。つまりエレベーターでしか地上に出れないのだ。 初めて訪れた人は驚くに違いないが、あれは停電のときなどはどうするのだろう。 翻って神保町駅には階段にエスカレーターまであって、エレベーターも必要とされているのだろうか。

先月のこのコーナーでちょっと触れた Revolver の REMIX11 が久しぶりに入荷しました。 コンディションはイマイチですが、マトリックス606-1の美品は、現地でも出づらくなっているようです。


 

■秋刀魚甘いかしょっぱいか〜Yellow Submarine プロモ盤について(OCT 2006)

メシができたと言うのでダイニングへ行くと、食卓に焼いた秋刀魚が並んでいた。 時節柄おかずとしては大変ふさわしくてよろしいが、何だか私の知っている焼魚の雰囲気がしない。 いきなり文句をつけたりすると家人もすぐに逆上するので、 どうやって焼いたのか遠まわしに尋ねるとフライパンで焼いたと言う。 私は耳を疑ったが、なぜ焼網を使って焼かないのか訊くと、 焼網の下に魚の脂が落ちてしまい、それを洗うことが嫌だと言う。 その後、長時間に亘って焼網を使って焼かなければダメだ、 いやそうじゃないとお互いにエキサイトして言い争ったが、馬鹿馬鹿しくなってやめた。

秋刀魚と家庭事情ばかり綴っていても廃盤エッセイにならないので、真面目に?苦労した入荷の話を一つ。 先日、ヨーロッパの知り合いから、Yellow Submarine の Apple レーベルプロモ盤(ステレオプレス)はいらないかと打診された。 Apple レーベルのプロモだけでも珍しいのに、Yellow Submarine のプロモ盤など聞いた事が無く、当然のことながら私は見たこともない。 コンディションは、ほとんどミントだと言う。
ミントって本当かよ?君ね、ミントって意味分かっているの?新品同様ってことだよ。 スピンドルホールの周りにヒゲ無し、アンワックス部に通針痕無しでミントなんだよ。 ジャケに至っては、いったいどんな保存の仕方をすれば40年以上も前のレコードがミントになるの? まあいい。そんなこと今更やり取りしてもしょうがない。 値段を聞いて飛び上がったが、どうしてもある部分が見てみたくて、 在庫のレコードをあれやこれや持ち出して半ば強引にトレード話をまとめ上げた。
こうして、めでたく入荷となった Yellow Sumarine はミントにはだいぶ足らないコンディションだった。 まあいい。そんなことはいつものことだ。 私がどうしても見てみたかったのは、マザー番号とスタンバーでした。 本物のプロモであれば、異常に若い番号が刻印されているはずで、それを確かめたかったのだ。 届いたレコードはどうやら本物のプロモ盤のようで、マザー番号とスタンバーはG/1とT/1。 一番最初にマスターテープからビニールに焼き付けられた新鮮な音を聴かせていただきました。

ところで、ビートルズで一番好きな曲は何か?と聞かれれば、私は即座に「Tomorrow Never Knows」と答える。 上記の Yellow Submarine ではなく Revolver に収録されています。 レスリースピーカー(ハモンドオルガンを鳴らすためのスピーカーです)を通したジョンのボーカル、 テープの逆回しを使ったギターソロ、 少し高めにチューニングされたスネアドラムの音、 その全てが後のブリティッシュサイケのお手本になった。 1966年にこれをやっているのは天才集団だからでしょう。 レコードはミックスバランスに優れるモノラル盤の人気が高いですが、やっぱりサイケはステレオだよなァ。

毎度のことで、夜半にうんうん唸ってこの原稿を書いているが、さっぱり捗らない。 小腹がすいているが、何か作るのが面倒でしようとしない。 明日は、早起きして早めの朝食を摂ろう。 家人が起き出さない内に強引に焼魚を焼網で焼いて喰おう。ひひひ。




■もう秋口ですから (SEP 2006)

幼少の頃、生家に風呂があったというのに近所の友人達と銭湯に通っていた時期があった。その帰り道、赤提灯がぶらさがっていないおでんの屋台があった。椅子は無く、酒も売らない屋台であったと記憶している。 母親の買い物についてきた小学生が串に卵を一つ刺してもらっていたり、主婦がちょっと晩御飯のおかずを買い足したりしていた。あの頃は自分の家の鍋を持ってきて買いに来る人たちも大勢いた。銭湯の帰り道、 私はお釣りの小銭が豊富なときは、屋台に寄って「ばくだん」を食べていた。ばくだんとは、鶉の卵を魚のすり身で包んで揚げたもので、私にとっておでん種の王様だった。 当時は、蒟蒻やはんぺんなどは病人が食べるものだと思っていた。

そんな記憶がなぜ蘇ったかというと、近頃、私の家の前をおでんの屋台がしばしば通る。私は好きでしょっちゅう買う。このおでん屋、三日続けてきたかと思えば、 一週間こなかったりでスケジュールはアテにならない。 幻の屋台というよりは怠け者だろうと思っている。味はいかにも下町風の濃い目の味付けだが、 秋葉原のおでん缶よりも風情があってずっとよろしい。

今、おでんを食べながらせっせとこの原稿を書いている。ちょっと耳が寂しいのでファンダンゴのファーストアルバムをかけている。アルバムタイトルにもなっている「スリップストリーミング」が良い曲で、暫し手が止まってしまう。ファンダンゴは第1期ディープパープルのベーシストのニック・シンパーがウォーホース解散後に結成したバンド。第1期パープルのメンバーって、ロッドエバンスがキャプテンビヨンドに参加したり、数々の名盤を世に送り出し ているが、どれも売れな くて早々に廃盤になってしまった。

だいぶ夜も更けてきたんで、このままキャプテンビヨンドのファーストでも聞きながら、おでんで熱燗でも呑もうかナァ...