■年頭のご挨拶(2012年年初にて)

年の初め、何故こんなに寒いのかと思いながら買出しに行ったら、野菜売り場には新玉葱とか蚕豆とか春野菜が並んでいた。
季節がおかしい。
何かしっくりこない感じがする。
色々な事象が複雑に絡み合い、私の中で認識している季節の移ろいが不協和音となって聴こえてくる。

年末のKEIRINグランプリは十数年ぶりに出場の山口幸二が破顔一笑。
あれこれ作戦を考えることができる自力・自在選手よりも迷いがなかったことが良かったか。
このところ自力選手の優勝が続いていたので、追込み選手の優勝は喜ばしい限りだ。

自身は己の一年を省みる暇もなく、拠無い事情で元旦から忙しなく動き回り、体の芯に力の入らない紙切れのような状態になる。
その後、風邪をひいて床に伏していると、暇なのでどこかに出かけるべきだと家人に提案される。
こういった場合、私はドライブと偽って、当ても無くテキトーに近所を車で走り回る。
出鱈目な場所で車を降りて、何の脈絡も無いメシを食う。これなら頃合のイベント感もある。
最近やっと体調が戻ってきた。
さぁ今年もがんばろう。

今月は Paper Bubble/Scenery が入荷いたしました。オリジナル盤はめっきり見かけなくなりました。



 

■檜になろう(2011年末にて)

今年は、自分の身内に不幸があったり、東日本大震災があったりで大変な一年だった。
被災地では今ももがき苦しんでいる人もいるので、自分はマシな方かと思う。

「何かいいことないかナー」

これが出れば立派な大人である。
大人の日常とは、そんなもんである。

夜明け前が一番暗い。
来年こそ飛躍の年だ。
そう自分自身を励まして来年を迎える。
初詣では、ほとんど毎年似たようなことを願掛けしているような気がする。

思いがあっても行動に結びつけるのに苦心する。
明日はなろう、檜になろうで翌檜である。
希望があっていいじゃないか。



 

■考えるな感じろ (2011年晩秋)

「数の原理が人間をおかしくしている」そうだ。
お金だとか偏差値だとかスポーツの記録だったり。
20年間無敗のギャンブラー桜井章一さんの言葉である。
「おかしく」という言葉が「らしくて」いい。

解釈は人それぞれでいいと思うが、私が感じたのは、現代の人間が本能ではなく建前で生きているということ。
中途半端な社会的立場を手に入れている者は人間的な魅力に欠ける。
人間的な魅力に溢れた無頼派は経済的に破滅していたりする。
じゃあどうしたらいいのかって?
わかりません。
氏の言葉を借りるなら、「考えるな感じろ」とういうことでしょうか。

今月は TELEVISION / Marquee Moon が久々に入荷いたしました。音質の良い英国盤は人気の一枚です。



 

■ガンバレ三陸 (2011年11月)

近所にSという洋食屋があって、この時期になると毎年ここでカキフライを食べることが楽しみになっていた。
私は、牡蠣が特別好きなわけではないが、十数年前にある人にこの店に連れて来て貰い、他店との味の違いに驚き、それ以来毎年ここに通っている。
あるとき主人に味の違いについて訊いてみたことがあったのだが、ラードで揚げているからコクが全然違うんだそうだ。

先日、この洋食屋に出かけてカキフライを注文したら、出来ないと言われた。
仲居をされている奥様が言うには

「三陸で牡蠣がとれないんです」

そうですかと言って他のものを注文したが、これも震災の影響に違いない。
奥様も毎年訪ねてくる私の顔を覚えてくれていたのだろう。
申し訳なさそうな表情をされていた。

一日も早い復興を願うばかりである。

今月は TRAFFIC のデビュー作が入荷いたしました。まともなコンディションは年々出にくくなっています。



 

■腹を立てない (2011年10月)

不忍池まで散歩したついでに、宵の口の赤提灯へ入った。
初めて訪ねた店ではあったが、使い込んだおでんの赤銅色の鍋、カウンターの手触りなんかで、ポジティブな印象があった。

初夏に食べ損ねていた新子を刺身で貰い、冷酒を呑んだ。
接客もさっぱりしていて私好みだった。

壁に掛けられた一枚の色紙が目に入った。
「腹」という字を横向きに書いてある。ただそれだけの色紙だ。
店の主人に意味合いを訊いてみると、

「腹を立てないという意味です。母がそう書いてくれとリクエストしたものです」

洒落が効いていて、いい言葉じゃないか。
最初、色紙を書いた作家の名前に興味を持ったのだが、どうでもいいように思えてきた。
その晩、よく呑んだ。でも誰も他に客が来なかったなァ。
あの店大丈夫かなァ。

今月は MANDALABAND のデビュー作が入荷いたしました。美しいジャケットが人気の一枚です。



 

■盛夏の草野球 (2011年9月)

毎年恒例になっている家族旅行の帰り道、帰省Uターンラッシュにつかまった。
同乗の家族が全員寝てしまったので、高速道路の外を眺めていたら小学生が草野球をしていた。
進まない追い越し車線にイラつきながら、ぼんやりと考えた。

少年の頃、草野球の先攻後攻を決めるとき、バットを交互に握り合ってどちらが早く相手の手に着くかで決めていた。
これをやっているときから、すでに遊びが始まっているようで、わくわくした。
じゃんけんで決めたことはほとんど無かった。

後日、愚息に野球の先攻後攻をどのように決めていたか訊いてみた。

「テキトー」

それが答えだった。
何でもスピードアップで情緒が無いネ。

今月は DULCIMER / And I Turned As I Had のオリジナルが入荷いたしました。近年入手が難しくなっている一枚です。



 

■水でも撒くか (2011年8月)

急に熱帯夜になって、このところ寝付くのに時間がかかり、いつも睡眠不足だ。
初夏ってあったのか?
いきなり盛夏じゃないの?

何だか季節の巡りがおかしくなっているようで、違和感がある。
大人になってからは、馴染みの寿司屋や天ぷら屋へ行って種を眺めたり味わったりして季節を感じていたが、10年前だったら春先に食べていた白魚なんかが2月くらいに出回ったりして、どうもしっくりこない。

閑話休題。

家の目の前のビルの解体工事がようやく終り、更地になった。
バルコニーからの視界が開けて、空が広くなった。
気分がイイね。
まもなく、この更地にマンションを建設する工事が始まるようだ。
もう少し遅らせてもらえないだろうか。
基礎工事ができないように、水でも撒くか。

今月は BEATLES / All YOu Need Is Love のオリジナルシングルが入荷いたしました。少数のみプレスされたLIVEクレジットが無いファーストプレス。貴重です。



 

■その通りだと思います (2011年7月)

「青春って何ですか?」

先日、遠縁の大学生と酒を呑んでいるときにこう訊かれた。
暗に彼の生活に充実感が無いことが窺い知れた。

簡潔に答えることが賢明だと感じたので、できそうもないことを夢見て、でもチャンスがあればやってやろうと息巻いてることが青春だよと答えた。

近年若者の気質が保守的になっているように感じる。
どこかで自分の器を決めてしまっている。

これには音楽も深く関わっているように思える。
私の青春時代の歌謡曲(ニューミュージックなんて言葉があったが)は歌詞が背伸びしたものが多かった。
昨今の歌詞は、どこか自虐的で世の中を冷めた目で見ているような気がする。
私の青春時代はインターネットなんてなかったから雑誌や口コミでカクテルの名前を学んだり、遊び場の名前を仕入れることが当たり前だった。

くだんの大学生には良い友達を持つことを強く勧めた。
それが君を良い方向へ導いてくれるとアドバイスした。

良い友達って何だって?
ある作家が良い大人について書いていた。
自分が第一義という生き方をしていない人、その人の損得勘定が見えないこと、それが条件だと。
その通りだと思います。

今月は BEDLAM の唯一作が入荷いたしました。若き日のコージーパウエルの熱演。貴重な記録です。


 

■初夏の虹 (2011年6月)

私の巣の目の前のビルが取り壊されている。
この解体工事の騒音で毎朝目が覚める。
鋏の形をした重機でメリメリと外壁を壊し、むき出しになった鉄骨を溶接機で切っていく。

一人が重機を操作し、もう一人が高い所から水を掛け続けている。
あれは摩擦で発火しないようにしているんだろうか。
この水が初夏の太陽が照りつけるアスファルトの上にかかり、蒸発して虹が出来ていた。

少年の頃、道路の上の虹を何度も見た。
それは草野球の外野を守っているときだったか、蝉捕りの帰り道だったのか、はっきりとした記憶はない。
でも、それは初夏の光景として私の心にネガにはっきりと焼き付いている。

今月は QUEEN/At Wembley 86 が入荷いたしました。ロックの殿堂ウェンブリースタジアムで行われた伝説の実況録音盤。オリジナルアナログ盤は出にくくなっています。



 

■誠実でよろしい (2011年5月)

テレビを点けると政治家の顔が大きく映し出されている。
本当の事を言っていないな、と直感的に感じる。
言葉遣いが曖昧で、受け取り方によってどちらにでも理解できる。

以前、歌舞伎役者が暴力沙汰で記者会見したとき、AV女優が薬物問題で受け答えしていたときと酷似している。
本当の事を言っていないな、と直感的に感じる。
今も昔も私は不実が嫌いだ。

閑話休題。

このところ首の具合がおかしく、整体やマッサージに通っている。
お世話になっているのが威勢のいい先生で、前置き無しでいきなりグキッとやられる。
飛び上がって悲鳴を上げるが、その後は楽になったりするから不思議だ。

この治療院のすぐそばにJAZZ喫茶がある。
私は治療の帰りに必ず立ち寄る。
JBLのスピーカーに真空管がむき出しのアンプが置いてあり、アナログレコードが再生されている。
壁一面の本棚には古本が収められている。
純文学、エッセイから音楽批評まで自由に読んでいいことになっている。
コーヒーも一杯ずつサイフォンで淹れてくれる。
ついつい長居してしまう。
愛想は無いが、誠実でよろしい。

今月は THERAPY/Almanac が入荷いたしました。英国フォークでは珍しいトータルアルバム。ハープシコードやストリングスなどアコースティック楽器を駆使したプログレ風味です。


 

■トクさんの紙めくりクリーム (2011年4月)

宮仕えの身にとって四月は人事異動の季節。
その内示はこの季節にある。
私は不安定なフリーランサーなので関係ないが、サラリーマンをしている友人や知り合いからはメールが来る。
そのメールに共通している文言は「お前はイイな」ということ。
全然ヨクないよと返信したいが、黙ってうんうん言っておく。

私が宮仕えの身であった頃の上司であるトクさんが会社を去ったのもこの季節だった。
自分の名前を漢字で相手に伝えるとき、必ず徳川家康の徳と伝えるのでトクさん。
当時の私より二回りも年が上だったが、役職や等級も近い気楽な関係だった。

トクさんとは会社が終わってから酒場へもちょくちょく出かけた。
酔うと上司や他部署の管理職の悪口を言って、明日への英気にしていた。
トクさんは、生意気だった私を可愛がってくれた。

ある年の三月に人事異動でトクさんより一回り年下の部長が四月からトクさんの上司として着任することが発表された。
この部長は、トクさんが酒場でこっ酷く悪口を言っていた管理職の1人だった。
私が見ていても不実であることが分かる、大人の品格を持ち合わせていない人間だった。

三月末に引継ぎと称して部の社員全員とこの部長が一対一で話し合った。
トクさんの番がきて、ミーティングルームで話し合いが行われた。
部屋から出てきたときトクさんの表情から生気が消えて赤黒くなり、瞳だけが怒りでギラギラとしていた。

「トクさんどうしたの?何か言われた?」

「うん、ちょっとね」

その表情から、余程プライドを傷つけられたのだと私は推測した。

翌日からトクさんは会社へ来なくなった。
その後、人事異動の知らせが来て、トクさんが会社を辞めたことを知った。
歓送迎会にも出席しなかったことが、トクさんの精一杯のツッパリ精神だったのかもしれない。

四月も半ばの夜半、私が会社で1人の残って残業をしていると、ひょっこりトクさんが現れた。
荷物を整理しにきたのだという。
そういえば駆け出すように会社を辞めたので、トクさんの机の中の荷物がそのままになっていることに気付いた。

暫くぶりにトクさんと話をした。

「トクさんこれからどうするの」

「何も決まっていないよ。失業手当と退職金でしばらくのんびりするよ」

荷物を整理しているとき、紙めくりクリームが出てきて、トクさんはそれを私にくれた。
以前、私がその見たこともない文房具に興味を持ったことを覚えていてくれたのだ。

聞いてはならないことだと思いながらも、私は口に出してしまった。

「トクさん、何で辞めたの」

「Kちゃん、人間お金より大事なものがあるんだよ」

何となくトクさんがそう答えそうな気がしていたので、この言葉を聞いて少し嬉しくなった。

先日デスクの整理をしていたら、この紙めくりクリームが出てきた。
当時の記憶が蘇ってきて、トクさんは今どうしているのかと考えた。
紙めくりクリームは十何年も使わずに私の家にあったのだ。
せっかくだから使おうかとも思ったが、何故だか分からないが惜しくなって元に戻してしまった。

今月は BACK DOOR の唯一作が入荷いたしました。英国オリジナルは大変レアです。


 

■八広の日は暮れて (2011年3月)

八広に住んでるのシュンちゃんから連絡があった。
相談したいことがあるからちょっと会えないかと言う。

シュンちゃんは家業の皮を鞣す工場を引き継いで、今もって立派に経営している。
私も工場に行ったことがあるが、工場では屠殺されてすぐ運ばれてくる豚の皮から
不要なたんぱく質や脂肪を取り除き、薬品で処理して皮製品に使用できるように加工している。

八広には同様の工場が幾つもある。
一帯には獣の生皮を加工するときに出る独特の匂いが充満している。

夕暮れ時、荒川土手で待ち合わせた。
私は(おそらくシュンちゃんも)夕暮れの荒川土手が好きだ。
真っ赤な夕日が荒川の水面に反射して輝き、とても美しい。
今日という日が終わり、明日への活力を充満させる時間が始まろうとしている。

シュンちゃんはジーパンに放出品のようなジャンバーを羽織って現れた。
立石へ行ってモツを肴に焼酎でも呑もうということになった。

私達は京成線で立石まで行き、目当ての"うちだ"へ行って、焼酎のウメ割りでモツ料理を喰いだした。
ここのフワや生ナンコツなんて今は貴重品だ。
小一時間経って、腹もクチくなり、酔いも回って、そろそろ引き上げるかと立ち上がった。

「ところで、相談したいことって何?」

「忘れちまったよ」

シュンちゃんはそう言って破顔一笑した。

「思い出しておくから、来週また来てよ」

澄み切ったシュンちゃんの目が私を悪戯っぽく睨んで、微塵も動かない。

今月は ROLLING STONES BIG HITS モノ盤が入荷いたしました。このコンディションは年々入りずらくなっています。


 

■明けましておめでとうございます (2011年初にて)

KEIRINグランプリは村上弟が優勝した。
レースを見ていて、競輪はライン戦であることを思い知った。
兄弟でグランプリに乗り合わせたのは史上初のことだそうだ。
村上兄弟は幼い時期に父と別れ、母の手ひとつで育てられた。
「日本一のおかんにしてやろう」を合言葉に頑張って練習したそうだ。
いい話じゃないか。
私の車券が当たれば言うことないのに。

年末は31日夜半まで雑務に追われて新年一歩手前でようやく仕事納め。
そのまま簸川神社へ初詣へ行き、破魔矢を買って一年の無事を願う。
家族で新年の挨拶、乾杯をした後、実家へ。
実父の体調が優れないので、煽って無理矢理でも座を明るくする。
疲れる。

年が明けて、年末から溜まっていた仕事を一気に片付けようとしたら、I先輩から携帯電話に着信があることに気付く。 折り返し電話すると、新年の挨拶無しでいきなり、「明日新宿に7時」と命令される。
新年会だか何だかサッパリ分からないが、ちょい悪オヤジ4人で未明まで酩酊する。

慌しい年末年始だった。
最近の私の生活を象徴しているようで、ハッと気が付くと体のどこかが痛かったりする。
悪くない感触だ。

今月はT2の唯一作が入荷いたしました。これだけのコンディションは二度と入らないと思います。


 

■元気の秘訣、若さの秘密 (2010 年末にて)

ランキンタクシーいいね。
この雑文を読んでいる人は知らないと思うけど、ジャパレゲのパイオニアのようなオッサンです。
50歳を過ぎているのに、元気の秘訣〜♪元気の秘訣〜♪元気の秘訣はレゲエ〜♪と歌っている。
自虐的なギャグではなく、自然体で行っているところが痛々しくなくてイイね。

最近やたらボブマーレーのウォントリストを頂く。
ライブとかバーニンとか多いです。
今聴いても全然古臭く感じないのがいいのかな。不思議な気持ちになるレコードです。
ボブマーレーのインタビューがYouTubeにアップされていたので見てみたが、完全にイっちゃってるネ。
もっと長生きして、いいレコードを残して欲しかったな。

私も50歳を過ぎたらランキンタクシーみたいに自由気ままに生きたいが叶わないだろうな。
若さの秘密〜♪若さの秘密〜♪若さの秘密はレゲエ〜♪

若い頃はロックはこうじゃなきゃイケナイ、あのバンドはニセモノ、商業主義がから聴かないなんて言っていたが、今は自分が聴いて気分良ければ何でも聴く。
これって年とったってことなのかなァ。

今月は KINKS / Village Green Preservation Society のモノラル盤が入荷しました。モノは年々入手が困難になっております。


 

 

■タ、助けて〜 (2010 DEC)

その昔、演歌歌手が経営していた西新宿のBというサパークラブで私がアルバイトしていた時の話をする。
私が20才の頃の話だ。
大学の先輩の紹介でその店で働けることになった。

Bという店は、メシは食い放題、時給は高い、深夜になればタクシー代も出る。おまけに隠れて酒も飲める。
そう言われて私は食いついた。
キッチンで皿洗いなんかやる仕事で大してキツイわけでもなかった。

店は"昔のお姉さん"たち(つまりオバさん)が酔客の接待をする。
私はそのお姉さんたちにも可愛がってもらって有難かった。
いい事ばかりのようだが、唯一欠点があって、キッチンで一緒に働くNさんというオジサンがオカマだった。
すれ違いざまにオシリなんか触られるが、こういう店のキッチンは狭いので、偶然か故意なのか判断できないので、好きなようにさせておいた。

ある日、Nさんに酒に誘われた。

「Kちゃん、今夜店が終わったら呑みに行こう」

ホール係りのGさんも一緒だという。
Gさんは普段だぶだぶのパンタロンに胸の開いたラメ色のシャツなんか着ているのでこの人もNさんの仲間だと私は推測していた。

さて行くべきか行かざるべきか、私は迷った。
私は貧乏学生だから酒は奢りに決まっている。
只酒は呑みたい。
しかし、何か面倒な事に巻き込まれそうな予感がする(こういう時に私の勘はめったに外れない)。
私は進退窮まった。

「まず、N村ですき焼きでも食おうヨ」

Nさんのこの言葉で、私は行こうと決心した。
常にハラが減っている貧乏学生にすき焼きは効いた。
トラブったら、その時はその時だ、そう思えてきた。
N村は当時の新宿では旨いすき焼きを食わせる店として有名だった。

N村でお腹イッパイ旨い肉を馳走になり、心まで豊かになった。有難かった。

「Kちゃん、もう一軒行こうヨ。二丁目に面白い店があるんだ」

気分が良かったので、私は快諾して付いて行った。
私は当時、新宿二丁目がどんな場所かまるで知らなかった。
一軒のクラブへ入った。
薄暗い店内の、背もたれが異常に高いボックス席に案内された。
今のようにシャレが効いた店ではなく本当の愛好家たちが集う店だった。
席に着くと、一見女の子に見えるホステスがやってきて

「ハイ、私の菊〜」

といって股を開いて見せてくれた。
よく見るとズボンに穴が空いていてそこだけ見えるようになっている。
私は反射的に(バネ仕掛けの人形のように)立ち上がって逃げようとしたが、その女の子、いや男に二の腕をガッシリ掴まれた。
こいつがモノスゴイ腕力だった。

昨夜この菊が私の夢の中に出てきた。
翌朝、なんとも気分の優れない寝起きだったが、家人に

「タ、助けて〜、ってずっと言ってたわよ」

もう寒い季節なのに、ぐっしょり寝汗を掻いていた。

今月は PEOPLE BAND の唯一作が入荷しました。ローリングストーンズ関連では入手が難しい一枚です。


 

■はい、合格です (2010 NOV)

永らく行方不明になっていた愚息が帰って来た。
勉強なんかからきしできないくせに、大学へ進学するから学費を出して欲しいと言う。
進学する大学の名前を訊くと、結構有名な国立大学の名前を出しやがった。

そりゃ学費くらい出してもいいですよ。
ただ君ね、国立大学ってのは共通一次(今はセンター試験というらしい)を受けて、それから二次試験があってと難関なんじゃないの?
そもそも試験は来年の2月頃なんじゃないの?
今から合格が決定してうような口ぶりはおかしいんじゃないの?
話をよく聞くと推薦が受けられるので、センター試験は勘弁してくれるらしい。

かくいう私も大学の入学試験なんかまともに受けていない。
トコロテン式に高校から大学へ進学できる学校で、卒業も間近になった頃、入学試験をやると突然知らされた。
生徒全員、驚愕し、文句をブツブツ言いながら試験を受けた。
漢字の書き取りだった(本当の話です)。

全員合格し、その後、学部はどうなるんだ?という話になった。
希望を出せと言うので、なんとなく経済学部に出した。
法学部なんて一度入ったら二度と出て来れない
だから経済学部に出した。みんながそうした。

後日、大学に全員集められた。
経済学部は人気が高く定員をオーバーしているので、今からくじ引きで決めるという(本当の話です)。
一人づつ講堂から廊下に出て封筒に入った番号札を引いた。
私の番が来て、同じようにくじを引いて試験官に渡した。

「はい、合格です」

なんだか、気が抜けた。
夕暮れ、くじ引きから開放されて大学の芝生の上に大の字になって夕日を見た。
なんとも言えない、中途半端な充実感で体が満たされていくのを感じた。

今でもあのくじ引きは行われているのだろうか。
ちょっと気になっている。

今月は Jimi Hendrix のファーストアルバム、両面コーティングのファーストプレスが入荷しました。めったに出会えない激レアの一枚です。


 

■夏が終わりに思い出すこと (2010 OCT)

夏が終わろうとしている。

夏といえば西瓜、扇風機、氷柱、海、入道雲、カキ氷、何を想像するだろうか。
私はそのどれもが好きなものだ。
鮨種だって新子、新烏賊、鮑なんて大好物ばかりだ。
野菜だって色鮮やかなセロリ、トマト、胡瓜、枝豆が並んでいると、つい買い求めてしまう。

小学生だった頃、乾物屋の倅で黒ベエという友達がいた。
冬場でも真っ黒に日焼けしていて、ランニングシャツで遊び回っていたので、そう呼ばれていたと記憶している。
ある夏の終わり、黒ベエと連れ立って海に泳ぎに行ったことがある。

「Kちゃん、夏が終わっちゃうから、海に行こうよ」

誘われて私も嬉しくなってすぐに了承した。

小学生の頃の二人にとっては大きな冒険だった。
子ども二人で電車を乗りついで、大磯という浜まで出かけた。

洒落た海水パンツなんて持ってなかったので、学校で使う名前を縫い込んだ海水パンツに、白線入りの赤い帽子をかぶっていた。
当時は泳げる距離やタイムで白線一本から五本までを帽子に縫い付けていた。

私達は泳いだり、地引網なんか引かせてもらって夕暮れまで遊び、
帰りの電車賃が幾らかかるかはっきりしなかったので、何も食わずに帰ってきた。

腹ペコで自分達の住んでいる駅まで帰ってきた。
小銭が少し余っていたので何か食おうということになって、”トリノ”という持ち帰り専門の焼き鳥屋の店頭へ行き、葱間焼きを頼んで、歩きながらムシャムシャ食べた。
食べてみると酷い味で、黒ベエも一口食べて

「なんだコリャ」

と言った。
それでも全部食べて、家に向かって歩いているとき、金を払っていなかったことに私が気付いた。

「引き返して、払おう」

「いいよ、払わなくたって」

普段あまり自分の意思を押し付けない彼が、このときばかりは強い口調で言ったのを覚えている。

夏が終わろうとしている。
何気ない出来事だったが、この季節になるといつも思い出す。

今月は Jimi HENDRIX/Band Of Gypsys オリジナル盤が入荷いたしました。 大変傷みやすいジャケットです。これだけまともなコンディションが入荷したのは初めてのことです。


 

■度々の盛夏の旅 (2010 SEP)

旅の日々が続いている。

先々週は仙台、先週は福岡へ行き、来週は沖縄、再来週は伊豆へ行く。

完全にプライベートな旅ばかりなら楽しくて仕方ないが、厄介な仕事や義理事が私に纏わりついて離れない。

移動には飛行機や新幹線を利用することが多いが、隣の席に行儀の良い人が来ることをいつも願う。
一度新幹線のグリーン車で、編み物をする女性が隣の席になり、かぎ針が私の顔目がけて向かってくるので、閉口したことがあった。

仙台へは弔問で出かけた。
喪服で新幹線に乗るのは窮屈なので、ジーパンにスニーカーという格好で、喪服は旅行鞄に詰めて出かけたが、 自分が革靴を持ってないことを思い出して新幹線の席で文字通り飛び上がった。

福岡へは家人と一緒に行った。
羽田に向かう地下鉄の階段で、旅行鞄の取っ手が取れてしまい、旅行鞄が階段を転げ落ち、危うく前を歩いていた子供にぶつかりそうになった。
家人が逆上して鞄を作った会社にクレームを言ったら、直ぐに新しい鞄が届いてビックリした。

旅というのは失敗の繰り返しであり、その経験を積むことによってコツのようなものが分かってくる。
旅には年季が必要だと思う。

旅から帰ると、疲弊して紙切れのような体になる。
当分遠出はしたくないと思うのだが、2〜3日するとケロッと忘れている。
そして新しい旅の前には胸が躍り、前夜は寝付けなかったりする。

私は読みかけの本を全て旅行鞄に詰め込んで出かける。
退屈な移動の時間を極上の時間に変えるためにだ。
一箇所に留まり落ち着いて暮らすのも一つの生き方だが、フラフラと落ち着かないのも悪くないと思う今日この頃だ。

今月は BEATLES/Please Please Me ゴールドパーロフォンのステレオ盤が入荷いたしました。 これだけまともなコンディションが入荷したのは初めてのことです。家宝としてご検討くだされば幸いです。


  ■陽炎の喫茶店 (2010 AUG)

やる気のないドトールがある。
廉価なコーヒーを出すあのドトールのことです。
老眼鏡を掛けた初老の男が店主なんだが、まずこの店主の休憩が異常に多い。
だから客の捌きが悪くて様々な注文が滞っていたりする。

それからコーヒーの味も不味い。
ああいうチェーン店のコーヒーなんて不味しようがないはずなんだが、明らかに不味い。

店内の空気もだらけていて、客もだらけた人が多いような気がする。
何だか場末のスナックに迷い込んだような居心地だ。

私はこの店を贔屓にしている。
近所にドトールがあるのに、わざわざ電車を乗り継いで出かけている。

今、そのドトールでこれを書いているが、今日も満席だ。

出先で喫食しようとすると、中々好みの店が見つからない。
事前にインターネットで調べて出かけるなんて仕事じみててやりたくない。
昔食ったことがあるような何でもないラーメン屋が見つからない。
高校生のときに入り浸っていたような古い漫画が山積みにされているような喫茶店が見つからない。
それらの店は陽炎のように消えて無くなってしまった。

グルメ情報もミシュランも結構だが、オジサンの役に立つ店を集めた本でも出版されないだろうか。
いつも期待しているのだが...

今月は FREE のデビューアルバムのオリジナルファーストプレスが入荷いたしました。 大変レアなアルバムです。


 

■それって、どうなの? (2010 JUL)

枝豆を食べている女性を見た。
それがどうしたって?

地下鉄の車両の座席に座って枝豆を食べている女性を見た。
年の頃は20才くらいの、うら若き美しい女性だったのでビックリした。

円柱型のバッグを持っていて、そのバッグの中に枝豆が詰め込まれているらしいかった。
バッグから一つ摘み出してはプチッと口に入れていた。

別に個人の自由だけれど、電車の中で枝豆を食べている、いや、枝豆茹でてバッグに入れて持ち歩く女性ってどうなの?

もっとスゴイ人を見たことがある。

その昔、会社勤めをしていた頃、同僚のイギリス人達と連れ立って赤坂へ酒を飲みに出かけたときのことだ。
なかなかバブリーな証券会社の社員だった私達は、店に入ると一番高い酒を頼んで、しかし酒は二の次で店内の女性を物色していた。
目を引く女性がいた。

東ヨーロッパの女性だったと思うが、長い黒髪が大変美しい女性だった。
誰もが息を飲むような美しさだった。
女性にしては大きな声で色っぽい話をしていた。

「今夜、私のアパートへ来ない?」

恐らくその女性は泥酔していたのだろう。
店に飾ってある造花の花瓶を人間と勘違いして話しかけていた。

今月は PENTANGLE のファーストアルバムが入荷いたしました。紫レーベルのファーストプレス。近年入手が難しくなってきています。


 

■ フィルムの中のギタリスト (2010 JUN)

先日、新宿のギャラリーで開催されていた飛木恒一郎写真展へ出かけた。
遺作展であり、「フィルムに刻まれた音魂たち」と銘を打った、 落ち着いたとても良い雰囲気の写真展だった。

生憎小雨模様の日だったので、傘を仕舞ってから、ゆっくりと鑑賞した。

デジタルカメラではない、フィルムの匂いがする写真ばかりだった。
飛木氏の写真には、そのライブ会場の鼓動や熱気が封じ込められている。
ジェフ・ベックの写真が特に良かったナ。ピックをあまり使わずに弾く彼のギターの音が聞こえてきそうだった。

日本のロックバンド、そのアナログレコードのジャケットも数多く手がけていた。
そのバンドのライブに幾度となく足を運んでいるからこそ適切な写真の選択ができる、そう思う。

何事も近道はないよ。テキパキ最短距離で仕事をすれば、それでいいのか?
そう写真が語っているようだった。

合掌。

今月は、ASHKANのオリジナル盤は久しぶりに入荷いたしました。コンディションはそんなに良いわけではありませんが、年々入手が難しくなってきています。

 


  ■ ミゲロ君の芸 (2010 APR)

時折、自分の年齢が分からなくなる。
ミゲロ君(日本人です、念のため)から携帯電話に久しぶりに電話があったので、

「オゥ!久しぶりだな!」

と言って、電話に出たら、開口一番

「オレ何歳だっけ?」

と訊かれた。爆笑して、そんなこと知らないよと答えたが、はて自分は何歳だったかと思ってしまった。

その昔、ミゲロ君は外交の仕事をしていた。
営業成績が悪かったからか、浴びるように酒を飲んでいた時期があった。
その酒に私がよく誘われた。

ある日、私はミゲロ君と二人で銀座の路地裏の居酒屋で管を巻いていた。
その頃は私も仕事とプライベートに問題を抱えていて、自暴自棄になっており、酒でストレスを解消していた。
明け方の4時頃まで飲んで、そろそろ引き上げるかと言って外に出たら雨が降っていた。
当時は、深夜の銀座ではタクシーが全く捕まらなかった。ミゲロ君が

「よし、ちょっと足を調達してくる」

と言って路地裏に消えた。私がガードレールに腰掛けて煙草を吸っていると、ミゲロ君がスクーターに乗って戻ってきた。
私はビックリして、

「それ、どうしたんだよ」

と訊くと

「ちょっと借りてきた」

という。あれはシートを開けてバッテリーか何かの線を直結するとエンジンが掛かるらしい。

「後ろへ乗れよ」

私達は夜風を切って勝鬨橋を渡り、川向こうの築地へ行った。

築地市場の場内には明け方から開店する飲食店がたくさんある。
濡れねずみだし、酔いも醒めてきたから、そこで始発まで飲み明かしてから電車で帰ろうという算段だ。

一軒の寿司屋に入った。
私達は可笑しくなってゲラゲラ笑いながらビールを飲みだした。

春がそこまで来ている。丁度そんな季節の思い出だ。

今月はBIG THREEのデビューEP盤が入荷しました。
ブライン・エプスタイン(ビートルズのマネージャー)が何故このバンドに入れ込んだのか?聴けばその理由がよく解ります。


 

■ 師匠、弟子にしてください (2010 FEB)

毎年恒例になっている健康診断のため、近所の大学病院にちょっとばかり逗留した。
身長・体重から始まり、心電図、視力・聴力、血液を抜かれてクラクラした後、

「ハイ、次は胃カメラになります」

聞いてナイよ...

「お腹に空気入れますから、ちょっとゲップ我慢してくだ...」

「ゲッ!」

「我慢できませんか」

「できまへん、ゲッ!」

涙が出てきた。

すっかり生気を吸い取られフラフラになり、最後に医者の"まとめ"の面談があった。

「要するにデブですね」

「は?」

私は痩せているし、昨年は痩せ型だと別の医者に言われた。
逆上しそうになったが、よく聞いてみると、体型に対応した脂肪やコレステロールの値が高いというのだ。

「あなた趣味は何ですか? 運動をしたり長い距離を歩くことはありますか?」

「競輪場へ言ったときくらいですかね。」

私が半分ふてくされて答えると、

「競輪ほど健康に良いものはありません。」

私は穴の開くほど医者の顔を見た。医者は真面目な顔で

「穴場だオッズだバンクだと歩きまわるでしょう?」

「ハイ」

「これ足腰の強化ね。それから、あーでもない、こーでもないと展開を考えるでしょう?」

「ハイ」

「これボケ防止ね。それから、一点勝負して裏をくってヒーッ!となるでしょう?」

「...ハイ」

「これ心臓の強化ね。いいことやってるね。」

「先生、競輪やるんですか?」

「やりますが、めったに車券は買いません。私は、一着から九着まで当てられると思ったときじゃないと車券は買わないんだよ。」

私はこの一言に、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

ずっと目を見開いて話を聞いていたので目がチクチクしてきた。
私は目を瞑った。
目を瞑った勢いで、かつて坂本竜馬が勝海舟に言った台詞を私も言った。

「師匠、弟子にしてください!」

今月はTHIN LIZZY/Black Rose が入荷しました。
アイルランドのロックってイングランド産ロックと微妙に雰囲気が違って、いいんだなぁ。


 

■ あの雲に訊いてくれよ (2010年頭にて)

テレビに出演した。 といっても私ではない、私の店のアナログレコードが出演した。
BS日テレの花鳥風月という番組で、俳優の杉本哲太さんがBob Dylanの「風に吹かれて」をかけてくれた。
普段私はテレビはあまり見ないが、テレビ局からDVDがわざわざ送られてきたので、せっかくなので見させていただいた。
温故知新。大人のノスタルジックを啓蒙するような内容で共感させられた。たまにはテレビもいいもんだね。

閑話休題。
御徒町の文楽で煮込みのもつ抜き(トーフの煮込みです)を肴に呑んでいたら、ある人に言われた。

「Kさんは風来坊みたいだね。」

酒席でのことなので調子よく、そうそうよく言われるんだよなんて言っておいたが、翌日気になって風来坊を辞書で引てみた。
気まぐれで、落ち着かない人。
そういえば、小学生の頃、通信簿の生活態度のコメント欄に落ち着きがないとよく書かれていたっけ。

家人に物事を頼まれると

「気が向いたらやっておくよ」

と答えて、よく重大なトラブルになる。
家人にまた訊かれた。

「今晩何食べたい?」

「そうだな〜あの雲に訊いてくれよ。」

今月はYES/Fragile ブックレット付き赤紫レーベルファーストプレスが入荷しました。
歴史的名盤なのでまともな物は数が少なくなってきています。
 


 

■ ホルモン焼き屋、マリオネット、礼! (2009年末に於いて)

ジャッキさんからメールが来た。

「一杯呑みたし」

それだけ書いてある(笑)。
ジャッキさんは私の先輩で、その昔さんざん世話になったし、一時、彼の下宿に私が住み着いてこともあり、今でも頭が上がらない。
ジャッキさんの誘いは命令であり、断ることなんかできない。
神田のホルモン焼き屋で待ち合わせた。先輩を待たせるのは失礼なので30分くらい早めに行ったが、 ジャッキさんはすでに一人で飲み始めていた(笑)。

ジャッキさんは大手靴メーカーの営業職を数年前にやめて、現在は独立して奥様と二人で生花店を経営している。
ジャッキさんがエプロンをして花を売っている姿を想像すると笑ってしまうが、本人は結構楽しそうだ。
焼酎のボトルを二人でペロっと飲んでしまい、さあ次は何を飲もうかなんて話していたら、 隣席の初老の男が飲みかけのボトルをくれた。

「あんた達見てると、楽しくなってね」

なんて言われたが、

「イヤ〜お気持ちだけで結構です」

と私が言ってるそばから、ジャッキさんがボトルを受け取って自分のグラスにドボドボと注いでしまった。
流れで暫く一緒飲んだが、話してみると嫌味のない人で、近年ではレア物のような(失礼)気がした。

反して世間にはどうして醜い大人が多いのか。
年齢、性別にに関係なくオカシイのがいる。
つまるところ自己防衛意識が強すぎるのだろうが、それが表情や言動に現れては品格が失われてしまう。
平気で嘘をつく。嘘をついていることを相手に感じさせる。
義理や約束事を反故にする。反故にしたことを裏で得意気に理屈をつけて別の人間に語っていたりする。

こういう人間に共通しているのは傀儡だということ。
傀儡とはマリオネットのことだ。
雇われマダム、チーママのことだ。

今夜はジャッキさんとボトルをくれたおじさんの純粋さが妙に嬉しかったな。
フラついた後姿に、礼!

今月はBridget St. John/Ask Me No Questionsが入荷しました。 その後のThank you for、Songs For Gentleman などの人気が高いですが、もっとも素朴なこのアルバムこそ彼女の良さが一番出ていると思います。

 

■ 鯉でも釣るか (DEC 2009)

休日なのに何処へも行かないのはオカシイと家人が言うので、連れ立って近所の植物園へ行った。
この植物園は某有名大学の付属の研究施設も兼ねている。都心の広大な敷地に数千種の植物が栽培されている。

晴天の下、園の西にある菩提樹並木をてくてく歩くと霧島つつじが鮮やかな小豆色の花を咲かしている。
その向こうには樹齢百年を超えていそうな何種類ものスズカケノキが並んでいる。
これでレスポール作ったら今のギブソンよりいい音しそうだな。

さらに園の奥深い所へ進むと、ぷーんと銀杏の匂いが鼻を衝き、それを過ぎると冬を感じる真っ白なサルスベリの木がある。
自分自身が光合成しているみたいに感じて、体が若返ってくるような気持ちになる(もちろん思い込みだが)。

カリンの実をチョッパって(良い子は真似しないでネ)、さてどうやって料理しようかと家人と話しながら、 園の高台から出口へ向かうと池のある庭園に出る。
大きな水鳥に会った。
池のほとりで水面をじっと見ている。
鳥も私をじっと見ている。

私:「おまえも人生に疲れたか? 」

鳥:「俺は腹が減ったから餌の小魚探してんだよ ジロジロ見んなよ。」

さあ私も鯉でも釣るか。

今月は BLACK SABBATH / Master Of Reality オリジナル封筒ジャケが入荷いたしました。 渦巻きVERTIGOは海外で人気が衰えないため入手が難しくなってきています。

 

■ 花なら買うよ (NOV 2009)

月もあらたな〜♪ 春の宵〜♪
暦の上ではもう冬か?

少しずつ肌寒くなってきて、秋の長雨で憂鬱な日々が過ぎて、台風で家に籠った後、やっとカラッと晴れた。
調子が良くなって、大勢の人たちが繁華街に出向いてきている。
人混みが鬱陶しいときもあるが、今夜は気にならない。気分がイイ。

所用で"ノガミ"のアメ横に来ている。
別に、家人から強制された買出しじゃないよ。
レコード探しに、いつも店へ。

この店カセットテープも売ってるんだよな。
もうソフト買うよりデッキ買うほうが大変なんじゃないの。
昔の和製ロックのシングル盤を何枚か買い求めてから、裏路地をスイスイ歩いて、串かつ屋に一人で入って、久しぶりにビールを飲んだ。

夢を見る〜よに〜♪ 花かご抱〜い〜て〜♪
花を召し〜ませ〜♪ 召しませ花〜を〜♪

いい塩梅で、地下鉄の駅まで鼻唄まじりで千鳥足である。
肩をポンと叩かれたので、振り返ると、外国人らしき女性に満面の笑みで

「お兄さん、マッサージいかが?」

あ〜あ、せっかく花売り娘の唄を口ずさんでいたのにナ。

「花なら買ってやるよ!」

今月は ST VALENTINE'S DAY MASSACRE の唯一のシングル盤しかも貴重なピクチャースリーブ付きが入荷いたしました。 ARTWOODSの前身バンドの唯一の記録。若き日のジョンロードのオルガン演奏。一生に一度出会えるかどうかの貴重盤、まさに幻の一枚です。

 

■ 風邪が治って良かったネ (OCT 2009)

どういった訳かぶくぶく太りだして、酒でも止めれば痩せるだろうと思って禁酒してみたが、 暫くするとコリャ生きてても面白くないと思って、ビールでも呑むかと、久しぶりに飲んだら美味くって止まらなくなり、 缶ビールを何本もきこしめして、ウィ〜酔ったワイとパンツ一丁で寝たら風邪をひいてゲッソリ痩せた。

寝込んでいる間、手持ち無沙汰でショウガナイので、家人の呆け防止のために買ったニンテンドーDS (ソフトの名前忘れた!何か問題解くヤツ)を拝借して延々やっていたら、仰向けでタッチペンを長時間操作していたためか 四十肩の末期症状みたいになって肩と首が回らなくなった。

数日経って体調も戻ってきたので何か運動をすればいいかと思い近所の市民プールへ出かけて行き泳いだ。

料金は安くていいのだが、 プールに入るなり「シャーーーーセ!」とアルバイトの学生が揃って訳の分からない声を出すので気味が悪い。
泳いでいるうちに喉が渇いたので、水を飲もうと思って冷水機の置いてある場所へ行くと故障中と張り紙がしてある。
ジュースは何処かで買えますかと尋ねると

「ジュースは一度外に出ないと売っていません」

と答える。カチンときたが、落ち着いて

「この格好のまま行ってもいいのかね?」

と訊くと

「一度着替えてからにして下さい。」

あーそうですか。分かりました。こっちも意地になって着替えてジュースを買って戻ってくると、先ほどの学生から

「飲み物の持込みは禁止しています。」

と注意される。
あーそうですか。冷水機は故障、飲み物の持ち込みは禁止。
それじゃやり様が無いじゃないの......
それとなく困ったと言ってみると、規則だからスミマセン、僕も良くないと思いますが皆さんそうされてますと言われた。

管理するべき人間から言われるがままに行動している。
自分でおかしいと思ったら意見を言ったらいいんじゃないの?
若いのに、それじゃツマラナイ人間になっちゃうよ。
と思ってはみたものの、何で自分ここに来ているのか思い出して恥ずかしくなって顔が少し赤くなった。

ま、風邪が治ったからいいか。

今月は CLASH の Sandinista! 3枚組完品が入荷いたしました。オリジナルは入手が難しくなってきいるようです。

 

■ 私は負けない (SEP 2009)

「今夜は読みかけの本を読んだ後、滞っていた仕事を片付けたい」とメールしてから帰宅したら、意に反した晩飯が食卓に並んでいた。
つまり私は、カレーライスとかスパゲッティーカルボナーラとか酒の肴に成り様がないメニューを期待していたんだが、 谷中生姜とか若布と胡瓜と茗荷の三杯酢とかアンチョビと大蒜のピザなどが作ってある。

(一から十まで言わないとダメかね...)

心の中で溜息をつくと

「あと鱈子のお握り作ってあるカラ」

なんて家人に言われて。

「君、要するにだね...」

と絶句してから、私は俯いて食卓に就いた。

これは呑み助にはヒジョーにツラい。
私はスックと立ち上がって、冷蔵庫と食卓を何度か往復する。
蒸し暑いので冷えた缶ビールを手に取ってまた戻すのは、例えば、健康診断のために1週間禁酒してから やっと呑もうとしたら車を運転する用事を思い出した時の絶望感に似ている。
暗い船底で深い闇の中に落ち込んで行くような気分だ。

「何?熊みたいにウロウロして」

これは家人の声だ。

滞っていた仕事とはこの雑文を書くことだ。
私は先ほど「ラップをして取って置くように」と家人に命じ、晩飯に手をつけずにこの文章を書いている。
仕事が先か、ビールが先か悩んだが、何か終了したときにオマケがつている方が張り合いがあるってもんだ。

ハラが減っている。 喉が渇いている。 でも私は負けない。

今月は GENESIS の Nursry Cryme ピンクレーベルの美品が入荷いたしました。きれいなものはめっきり少なくなりました。

 

■ 一人にしてくれ! (AUG 2009)

思い出横丁のうな串屋で、襟抜きを肴に焼酎の梅割りを飲んでいた。
焼酎の梅割りといってもここのはストレートの焼酎に梅のシロップを加えたものなので、調子に乗って何杯も飲むと倒れてしまう。
ここは私が何もオーダーしてないのに勝手に鰻を焼いてしまう。
私がいつも決まったものしか頼まないので、いつしか注文を訊かなくなった。

イイ感じで酔いも回ってた頃、隣席のご老人に「君は戦後の生まれか?」と訊かれた。
いくら酔客といっても私が戦中派に見えるかね。
私がテキトーに否定すると案の定、戦中派の老人が勝手に話し始める。

「私は西東京の生まれで中島飛行機のすぐそばに住んでいたんだ。」
「戦争末期には空襲がしょっちゅうあって、防空壕へ避難したんだよ。」

どう返事していいのか分からずに曖昧に頷いていると、一つ隣の席の老人が応えてくれた。

「私は八王子の方だったんだが、爆撃が怖いとは思わなかったな。焼夷弾が花火みたいで綺麗だなと思って見ていた。」

なぜか楽しそうに話していた。
そんなもんかと思った。

酔い覚ましに、路地裏を歩いて果実店の店頭で割り箸に刺した「赤玉」メロンにかぶりついていると、 今度は綺麗なOLさん二人組に話しかけられた。

「美味しいですか?」

私の目の前では果物屋の主人が目一杯の笑顔で揉み手しているので、 チョット青臭いなんて死んでも言えず 顎をガクガクさせて頷いた。

OLさんがこれから遊びに行くのでテンションが高まって調子に乗っている感じが伝わってきて良かったな。

何でこんなに気安く話しかけられるんだろう。ちょっと一人になりたかったんだけどなァ。
俺ももう一杯呑んでから帰ろうかな。

今月は、YARDBIRDS / Roger The Engineer 青黒レーベルモノラルが入荷しました。 このところ出物が減ってきているようです。

 

■ 勝負に甘く、人生辛い (JUL 2009)

何だかうまく言えないが、長く生きていると右か左か、イエスかノーか勝負のときがある。
仕事に関すること、恋愛に関すること、人間関係、お金、進学、就職、様々だ。

過去の自分の決断を振り返ると結果は五分五分だった。
上手く行ったこともあるし、まったく無駄だった決断もあった。
当然のことながら明確な理屈などなく、尚且つ時間が無い場面で意思決定しなくてはならない事柄を想定しているので、 最終的には自分の勘を信じて決断することになる。
ここで言う「勘」とは文字通り勘ではなく、それは自分の人生経験のどこからか湧き上がってくるものだ。
換言すれば、感性とでも言うものか。

私の知り合いでS君という不思議と勝負強い人がいる。
この人を見ていると、思い浮かぶ事がある。
依他起性である。
勝負の機微は自他の関係の中に潜み、強さの要諦も他者との関係づけの巧みさにある。
複雑な対人関係を思うがままに遊泳できる人が勝利者なんだろうか?
自分は苦手で、何だか考えさせられてしまう。

と、この文章をスピード違反の出頭命令を見ながら書いている。
どう?名文でしょう?
ここ一番に弱いんですよゥ。

今月は、Neil YOUNG / After The Goldrush ファーストプレスが入荷しました。 セカンドプレスはよく見つかりますがRSLP規格のファーストプレスはレアです。

 

■ イェ〜って言え〜 (JUN 2009)

SMAPの草なぎ剛さんが公然ワイセツだかの罪状で逮捕されたと報道されていた。
酔っ払って赤坂の公園で全裸になって、「裸になって何が悪い!」と叫んだため、署員が現行犯逮捕したという。 これで罪になるのなら、私の知り合いの何人かは前科30犯くらいになってしまう。
いつだったか、皇居のお堀を全裸で泳いだ外人がいたが、あれは死刑にしないと釣り合わないだろう。
今度、年末の新橋や4月の新歓コンパで一斉検挙でもやってみたらいいんじゃないの?

もっと悪いことをしている人たちを知っているような気がするんだが。
大人がすることではないが、暖かくなってきたので、一人で夜歩きして気持ち良かったんじゃないの?

そう、一人で夜歩き。
暖かくなってくると、初めてコンサートに一人で出かけた時のことを思い出す。 当時、私は15才だった。 その頃は夜に一人で出かけることに興味を持っていて、 友人と連れ立って夜遊びすることとは別の興奮や胸騒ぎを感じていた。

確か5月だったと思うが、新宿へRCサクセションのライブを一人で見に行った。 当時在籍していたギタリストの小川銀次のファンで、彼のギターを必死でコピーしていた。 ライブも酣になった頃、ボーカルの清志郎が客席に向かって

「愛し合ってるかぃ〜?」

と問いかけた。当時は誰とも愛し合っていなかったので、私が答えに窮していると、周りの人たちは

「イェ〜!」

と即答していた。そんな訳ねぇだろうと思ったが、そういうものかと納得した。 私が自問自答してると、バンドはスローバラードを演奏し始める。 PAを通した管楽器や打楽器の音を聞いたのも、その時が初めてだった。

忌野清志郎さんが亡くなった。
こんなことなら、あの時イェ〜って言えば良かった。

家には当時のアナログレコードがごっそりある。日本のロックが黎明期を経てメジャーへと進化していく時代だった。 彼は反社会的なメッセージを含む歌詞を歌っていたが、その実、 社会の底辺で辛酸を舐めている人々の背中を押しているように聞こえたのは私だけではあるまい。
あの時も叫んでいた「愛し合ってるかぃ〜」を聞く度に、彼の心の美しさがロックを愛する人たちの胸に去来することだろう。

合掌。

今月は、Tony SHERIDAN & BEATLES / My Bonnie が入荷しました。記念すべきビートルズの初レコーディングです。

 

■ 目に青葉、山ホトトギス、初ガツオ (MAY 2009)

九州ののSさんから三日と空けずに電話がある。
他愛のない音楽談義、レコード談義なんだが、こう頻繁に男同士で電話をしていると話す事も無くなってくる。

「Kさん、今何か欲しいレコードあるのかね?」
「スモーキーロビンソンとミラクルズだね」
「何それ、ブリティッシュ?」
「いやアメリカのソウルで...プラトーンって映画知ってる?その中で掛ってたやつ」
「フーン...何でそんなの欲しがんの?」

(レコード探すのに理由なんて無いでしょう。ちょっと聴いてみたいからですよ。)

「何か思い入れがあるの?」
「そう。思い入れがあるんだが、それ説明していると時間くっちゃうカラ」
「いいよ、いいよ、教えてよ、時間あるから」
「まァ今度ね」
(こっちが時間ないんだよ。仕事しなくちゃいけないんだよ!)

「他には?」
「イアンマクレガンのリトルトラブルメイカーが入ってるLP」
「他には?」
「それとブリティッシュフォークのプライベート盤でSさん一派が血眼で捜しているメル...」

(オットこれ言っちゃうとまた皆が探し始めて20万で済むところが50万必要になっちゃうからな... しかし10年以上も探してて1枚もオファーが無いよ。ほんとにレコードあんのかね。)

「Kさん、昼メシ何食べるの?」
「君は何でそんなことにまで興味持つのかね?」
「それくらい教えてくれてもいいんじゃないの?」
「...鰹が食べたいから直ぐに出かけます。だからこの電話を切ります。」

今月は、CREAM の Disraeli Gears 両面コーティングのモノラル盤が入荷しました。両面コーティングのファーストプレスモノラル盤は出物が少なくなってきています。 良い曲がたくさん収録されているからですかネ。
 

 

■ て、天井が、天丼が(APR 2009)

いり豆屋で煎蚕豆を300円買ってポリポリ喰いながら歩いた。
暢気な天気で気分が晴れやかなので、東京駅まで歩いて行った。 所用があって小田原まで出かけなくてはならない。 競輪の用事ならいいのだがそうではない。 旧知の友人Tが小田原で釣竿屋を開業したらしいのでお祝いしなくてはならない。

小田原へ出かけるときは、行きの東海道線の退屈しのぎにいつも「東京弁当」を買う。 築地青木の卵焼き、魚久の粕漬けなど私の好物がズラリと詰め込まれている。 弁当と冷たいお茶を買ってプラットホームへ上がると金髪の若者2人と初老の男が言い争いをしていた。肩でもぶつかったか? こんな往来でいい陽気にと言いたかったが、一歩外に出れば何があるか分からない。 先ほど買ったチケットを取り出してからグリーン車を探す。東海道線はグリーン車なのに自由席だ。 東京弁当を落ち着いて食いたくて、わざわざグリーン車に乗ったのに、隣に家族連れがきてワイワイやりだす。 まァ、みんなで電車に乗って実家へ帰るのは楽しいわナ...オットこっちはそれどころじゃねぇんだ。

小田原でシゲちゃんと合流。Tが送ってきた住所を頼りにタクシーで釣竿屋へ。 運ちゃんがテキトーな場所で私達を捨てたので、道に迷う。結局携帯電話でTに電話して迎えにきてもらう。

私は釣竿屋と聞いたとき、よくある釣具屋を想像していたのだが、何だか違った。 フライフイッシング専用の竿をオーダーメイドで一本一本手作りする工房で、のんびりした工作部屋のようなところだった。 奥様がコーヒーと手作りのクッキーを出してくれた。 横でシゲちゃんが「ビールじゃねえのかよ?」と小声で言うのを手で制す。
Tは東京で労働者として働いていたときより随分穏やかな表情になっていた。 得意げに完成した竿を手にとって説明しているTを見て来てよかったと思った。(オメデトウT!、と最後まで言い忘れた)

その夜、シゲちゃんとTと地元の居酒屋へ。 地魚を使った刺身、てんぷら、焼き魚などを矢継ぎ早に出してくれて、焼酎のボトルが一本、二本、三本ってオイ! 最終電車の時間を気にする私をシゲちゃんとTが羽交い絞めにしながら夜半まで。 シメに、これまた地魚の天丼かなんか食ってようやく終了。 帰りの東海道線のホームまでシゲちゃんとTが見送りに来てくれたが、私はぐでんぐでんに酔っていてホームから転げ落ちそうになる(なったらしい)。

ここ数年二日酔いになったことがなかったが、翌朝は見事な二日酔いだった。 天井が回ってみえる。最初ゆっくり回っているが、次第に早く回るようになる。 あわててトイレへ駆け込み、昨夜の天丼をすっかり吐き出してからベッドの上に正座して黙想する。 すると体中いろんなところが痛むことに気付く。よく見ると痣がある。

さて、シゲに電話してみよう。

今月は、WALLS ICE CREAM が入荷しました。1969年にWALLSのためにAPPLEが少量のみプレスした特別なEPレコード。大変入手困難です。


 

■ 春風万来(MAR 2009)

春を感じる日が多くなってきている。
それはともかくとして世の中景気後退で大変なことになってるらしい。 しかしながらテレビに映っている政治家にはどこか世間一般の人々と違う気配を感じる。 喋っていることに関係なく、本心がどこか別のところにあるような気がするのだが、気のせいだろうか?

ところでマカロンってご存知か?何だかヨーロッパのお菓子で人気があるらしい。
家人が近頃その名前をよく口にしていたのだが聞き流していた。 ある日、家人がどうしてもこれが喰いたいと言ってきたので、

「マッケンローなら知ってる。往年のテニスプレイヤーだろ。」

と混ぜ返すと、半狂乱になったので池袋のデパートへ買いに行くことになった。

週末だったからなのか、地下の食品売り場はスッゲぇ混み様だった。
うん?これで不景気?と思ったが、とにかく並ばないことには物事が前に進まない。 私は隣で売ってる舟和の豆寒天や手羽先の空揚げに惹かれて、家人を見捨てて勝手に買い物していた。 案の定、家人が私を見失い、携帯電話で罵り合いになる。

さて、マッケンローじゃなかった、マカロン。巣に戻って馬鹿馬鹿しいほど丁寧な包装を開けると、毒々しい色のマシュマロをキャラメルで糊付けしたような奇妙なお菓子である。 気合い一声食べるとキャラメルで差し歯が抜けそうになる。
これってマカロンの偽物なんじゃないのか!
口に出すと一悶着あるのが分かっているから心の中で呟くが、マカロンが親の仇みたいに憎々しく思えてくる。
これならマッケンローの方がマシだった。マッケンローは悪童だったが、茶目っ気たっぷりでどこか憎めなかった。 一日を無駄に過ごした気がしてチョット後悔した。
さて私にも春はやってくるのだろうか?

今月は、T. REX の Electric Warrior ポスター・インナー・スティッカーが付いた完品が入荷しました。 STONES の Let It Bleed もそうですが、王道物の初盤完品はどんどん数が少なくなってきています。 理由は簡単で、一度手に入れた人がなかなか売りに出さないからです。是非、ご検討下さい。

 

■ 平塚〜ロンドン〜(FEB 2009)

年初からロンドンへ出張だったため、旅の軍資金を稼ごうと年末に平塚競輪場へ出掛けた。 KEIRINグランプリは年に一度だけ開催されるビッグレースで、立川、京王閣、平塚の3箇所持ち回りで開催される。

競輪は人気に陰りが見えているし、今年は不景気だから大したことないだろうと高を括っていたのだが、 到着すると大変な混雑振りである。人混みを掻き分けて穴場へ行き、人にぶつかってスミマセンと言いながら席に戻る。 動き回っているうちにハラが減ったので、パンを売っている屋台へ行くと、ガラスケースがカラッポで何も陳列されていない。

「オバチャン、ホットドッグある?」
「全部売り切れで、あるのはガムだけです。」

レースはコマ切れ2人ラインの4分戦に単騎が一人と、麻雀のチートイ単騎待ちみたいな難解な展開だった。 私は小嶋敬二からの車券に気があったのだが、念には念を入れてガミさんの携帯に電話する。 ガミさんの車券は絶対に当たらない。つまり彼の買い目を外して買うのだ。 ところがガミさんが、小嶋で頭テッパンだと言うので、ますます混乱してくる。

レースは私の予想通り最終ホームで北京オリンピック銅メダリストの永井がカマして小嶋をうまく引っ張り出し、バックストレッチ で小嶋が先頭、福岡の井上が続く。 3コーナー辺りで「社長ガンバレ〜!」と叫んでしまう(小嶋選手は社長というニックネームがあります)。 結果はどうだったかって?勝負は時の運ですよ。

年が明けて、ロンドンへ。 東京の季候で丁度いい塩梅の服装で飛行機に乗り、到着して震え上がった。樺太と同じ緯度であることをすっかり忘れている。バカである。 急いで、ニット帽、マフラーを買う。 さらに手袋を買ったら両方とも右手用だった。 逆上して店員に文句を言ったら、もう一袋持って来いと言うので、どうせなら違う色をと渡したらその場で開封してくれて、それも両方とも右手用だった。

旅のスタッフ全員でアビーロードで記念撮影もした。 アビーロードスタジオの玄関先まで入り込んで写真を撮っていたら、 女性が出勤してきた。迷惑だから退こうと思ったら デジカメを差し出されて

「Can you take a picture? (シャッター押してもらえます)」

と言われた。

今月は FFZ が久しぶりに入荷しました。最近めっきり見かけなくなったレアなレコードです。 また、ピンクフロイド、デビットボウイ、ジミヘン、ツェッペリンなどのポスターやAbbey Roadの住所看板などメモラビリアを少しロンドンで買ってきました。リストを作るの時間がかかりますので、ご興味がある方は個別にお問い合わせ下さい。

 

■ I先輩の春夏秋冬(JAN 2009)

空っ風の大将みたいなボーズ(小学生のことです。住職ではありません。念のため)が12月だというのに半袖半ズボンで表を走っていた。 最近めっきり見かけなくなった頼もしい野郎だと思った。
自分はといえば、リビングのカーペットの上に寝転がり、寝室から毛布を持ってきて横臥している。 側にあるクッションを枕代わりにする。 おもしろいもので一人がそれをやりだすと家族全員がそこに集まってくる。 捨てられた猫の親子のようになって、皆で毛布に包まって、アッタカイネなんてやっている。

私は暑い分にはいくら暑くてもヘーキだが、寒さには滅法弱い。冬場は仕事が捗ってよろしい。
私に似てきたのか家人も、表が薄暗くなってきたらテレビの前で死んだふりをしている。 これから誰が買出しに行くかでちょっとしたバトルになりそうだ。
ついこの間は残暑にヒィヒィいっていたのに、もう今年も暮れようしている。アレ、暑さは強いんじゃなかったけ?

私の先輩のIさんが昔オモシロイことを言っていた。

私:「好きな季節は何ですか?私は夏が好きです。先輩もやっぱり夏ですか?」

I先輩:「夏は暑いから嫌い」

私:「まさか冬?」

I先輩:「冬は寒いから嫌い」

私:「じゃあ秋?」

I先輩:「秋はこれから寒くなると思うとムカツク」

私:「じゃあ春は?」

I先輩:「春はこれから暑くなると思うとムカツク」

私:「.....」

年初はロンドンへ出張だ。ヨーロッパの厳しい冬の気候に立ち向かうことになりそうだ。 旅の準備をしなくては。

今月は、ROLLING STONES 関連の重要コンピレーション Saturday Club が入荷しました。 ROLLING STONES の曲はデビューシングル予定だった「Fortune Teller」「Poison Ivy」の2曲が収録されています。 「Fortune Teller」はGOT LIFE...収録と歓声ダビング無しのネイキッドバージョン、「Poison Ivy」はEPとは別テイクです。 実は大変レアなレコードです。

 

■夢の途中 (DEC 2008)

夢なのか現実なのかサッパリわからない。
私の目の前のテーブルにはウィスキーが注がれたグラスと水仙を一輪挿した花瓶が載っている。 天井のミラーボールにはカクテル光線が当てられ、万華鏡の中に入り込んだような居心地だ。 一段高いステージで化粧の濃い香水のキツイ女が歌っている。

ゴナテイク〜♪ センチメンタルジャーニー♪
ゴナテイカ〜♪ ハーツオブイーズ♪

女は私から視線を逸らさずに歌い続けている。 私もプレッシャーに圧倒されて借りてきた猫のようになって彼女の歌を聴いている。 どうやらバックバンドのメンバーも彼女の所有物らしく、従順な社員と社長のような関係に見える。 息苦しくなってきたが、私も意地を張って背筋を伸ばして聴いている。
するとどうだろう。突然女が手に持っていたマイクを手品みたいにパッと2本に分身させ、 アッと思う間もなく、ステージを降りてツカツカと私の方へ近づいてくる。
2本のマイクの内1本を私に差し出し、一緒に歌えと言う。 私が笑いながら手を振って断ると、女は急に般若のような表情になって手に持っていたマイクを振りかぶり、私の頭目がけて振り下ろそうとする。

「オイ、無茶するな。止めなさい、ヤメロ〜!」

ハッと目が覚めると横で高いびきをかいていた女房が

「今 私の悪口言ってたでしょ!」

彼女も夢の途中だったようだ。

今月は、QUEEN/INNUENDOのLP盤が発売当時のシュリンクラップに入った状態で入荷しました。 LPはレアですが、シュリンクとなるとめったにお目にかかれません。


 

■愚痴はよそうぜJude (NOV 2008)

過日に Hey Jude のシングル盤が入荷したので音質チェックも兼ねて何度か聴いていた。
音圧がLPと違うので別の曲みたいに聴こえる。やっぱりシングル集めが楽しいんだよな、などと考えていた。

なあジュード 悪く考えるなよ〜♪
悲しい歌も マシにできるよ〜♪

とポールマッカートニーが歌っていた。 王様じゃないから、もちろん英語で歌っているが、どこかで聴いたことがあるような歌詞だと思った。

何だか思い出せなかったが、日本の曲でこれに匹敵するのは春日八郎の「お富さん」のような気がしてきた。

粋な黒塀 見越しの松に〜♪
仇な姿の 洗い髪〜♪

死んだ筈だよ お富さん〜♪

生きていたとは お釈迦様でも〜♪
知らぬ仏のお富さん〜♪

エーサォー 玄冶店〜♪

使われている言葉は古いんだけれど、拍子に合ったリリックは 現代のJ-POPのラップ調の曲より格が上だと思った。
2番か3番で、「愚痴はよそうぜ お富さん〜♪」と歌われているそうだ。Hey Jude みたいだ。 2番と3番の歌詞も知りたいし、今度シングルレコードでも探してみよう。
まさか原盤 Hey Jude より高いんじゃないだろうな。

今月は、SEX PISTOLS/Never Mind...が久々に入荷しました。緑赤レーベルのセカンドプレスですが、美品は中々手に入らなくなってきています。

 

■太鼓の達人(OCT 2008)

愚息が今春から馴れない寮生活を送っていて、先日、本人に空気を入れにちょっと訪ねてみたら、 部屋でまったりプレイステーションポータブルで太鼓の達人なんかやっていた。
まったく人の臑を齧ってプレステなんかやって無責任でイイな、と嫌味の一つも言おうと思ったが、 それより先にちょっと拝借してやってみるとこれが面白かった。
これじゃ勉強なんかやらんわナァ。

題名の太鼓の達人はプレステのことではない。ドラマーのジョニー吉長さんのことである。 先週、彼のジャムセッションを聴きに都下の曼荼羅という老舗の(というかもう歴史的文化財みたいな)店へ出かけた。 近頃よくある暴力的な大雨の日だったが、たくさんの人が集まっていた。 運よく最前列の席に座らせていただき、ビールを飲みながらリラックスして音楽を楽しませていただいた。 一緒に演奏するミュージシャンは随分若くなったが、辺りの空気を切り裂くようなスネアの音や日本人離れしたボーカルは健在で、来てよかったと思った。

ジョニー吉長さんの演奏を初めて聴いたのは、ジョニー、ルイス&チャーの頃、場所は確か新宿のテントだったと思う。 彼是28年前くらいか。 今度、フラワートラベリンバンドとともにジョニー、ルイス&チャーも再結成して野音でライブをやるとMCで言っていた。 元気な人だと思ったが、来年還暦と聞いてビックリした。やっぱりロックに歳は関係ないネ。

今月は、FAIRPORT CONVENTION/John Barleycorn Must Dieが入荷しました。ピンクレーベルのファーストプレスです。 傷みやすいジャケットのためか美品が少ないですが、これは久しぶりに見るツルッとした良いコンディションです。


 

■真夏の湯豆腐(SEP 2008)

だいぶ味覚がイカレテきているようで、盛夏に夜歩きしていると湯豆腐が食いたくなって困った。 昔足繁く通っていたS横丁にある一杯飲み屋を思い出し、立ち寄ってみた。 壁に掛けてある湯豆腐と書かれた紙は生憎裏返っていたが(当たり前のような気もするが)、 年齢性別不詳の店主に、食べたい旨を伝えると

「ああ、出来ますよ」

と言って作ってくれた。 この店は私が酔っ払って煙草やら文庫本やら色々なものを忘れて帰ってもきちんと保管していてくれて、次回立ち寄った際には

「ハイ、お兄さん、コレ」

と言って渡してくれる。ありがたく受け取るのだが、こちらも気恥ずかしくなって、なかなか正面きって礼を言えずに、 手刀を切って受け取ったりしていた。 店主自らが陣頭指揮に立っている店は活気があってよろしい。 パートタイムの訳のわからない店員に応対されると直ぐに席を立ちたくなる。 店主に、

「随分客層が変わったねェ」

と話し掛けると、

「ここいらは昔は雀荘が沢山あって、平日でも10時くらいになると麻雀帰りのサラリーマンで ごったがいしていたけど。今時のサラリーマンは麻雀なんかやらないでしょ」

と応えてくれた。 そんなもんかと思った。 自分の我儘を聞いてくれる店が少なくなってきているようで、少し寂しい気持ちになって店を出た。

今月は、BEATLES/Please Please Me のゴールドパーロフォンが2種類入荷しました。Photo Angus McBean のレタリングが 右にずれて印刷されたものが本物のゴールドジャケットです。 レーベルのクレジットはプレス時期によって2種類あり、Dick James、Northan Songs などと呼ばれています。プレス枚数を考えると Northan Songs の方が若干枚数が少なくレアでしょうか。 今回はその2種類が同時に入荷しました。現存するものはほとんどがズタズタですが、今回入荷したものは奇跡のコンディションです。 なかなかお目にかかれるものではありません。

 

■それがどうした(AUG 2008)

今、手元に第六十六期将棋名人戦の記念扇子を置いてこの原稿を書いている。 当時挑戦者だった羽生善治名人が「韻」、前名人の森内俊之さんが「気」と書いている。 パタパタと扇いだり、パチパチと開閉の音を出したりしていると、自然と落ち着いてくる。
ある棋士がインタビューで

「将棋を考えるということは、かなりイライラすることなんですよ。」

と言っていたのを思い出した。その棋士は

「扇子は、そのイライラを和らげてくれます」

とも言っていた。自筆で書き込んだ座右の銘を見たり、紙の匂いを嗅ぐことで集中力を保つのだという。

先日、第六十六期将棋名人戦の大盤解説にぶらりと出かけた。 羽生さんが私の贔屓の棋士であることと、解説会場が近所だったこともあって、自転車で行ってきた。 相掛かりの最新形に進んでいた戦形は、中盤に森内さんの受けの勝負手を羽生さんがうまく咎めて、羽生さんの完勝となった。
大したものだ。羽生さんは10年ほど前に話題になった7冠王を1冠まで失冠してから、現在3冠まで盛り返してきている。 彼の不撓不屈の精神に、情熱を持って物事に取り組み続ける姿勢にいつも感服させられてしまう。

実は私が持っている名人戦の扇子は、くだんの解説会で行われた「次の一手名人戦」で私が景品として当てたものだ。 通常、解説会は中休みに参加者が次の一手を紙に書いてプレゼントに応募する。 女流棋士が抽選して当選者を読み上げるのだが、いきなり

「一人目の方...文京区からお越しの...」

といって名前を呼ばれた。過去に何か当選した記憶なんて無いものだから、 ドキーンとなって、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。 が、今考えてみると何が恥ずかしかったのか良く分からない。 ご丁寧に「次の一手名人」なる賞状も頂いた。

せっかくなので(何がせっかくかサッパリ分からないが)無地の扇子を買ってきて、 自筆の扇子を作ろうかと秘かに計画している。 しかしながら何て書いたらいいか分からない。 カッコイイ言葉があればいいのだが、私が座右の銘としている言葉は「それがどうした」だ。 某直木賞作家がエッセイの中で困難な人生に立ち向かう時に思い出している言葉だ。 「それがどうした」と扇子に書いてもねぇ。

今月は FAIRPORT CONVENTION の デビューシングルが入荷しました。ISLANDと契約前にTRACKから1枚だけ出したもので、 オリジナル盤は入手困難です。



 

■アメフレ(JUL 2008)

知らないうちに靴底に穴が空いていたようで、梅雨空の外を歩いていたら、 靴の中がチャプチャプいってる。 足に黴が生えそうで気持ち悪いので、靴を買おうと思い立った。 そもそも私は必要に駆られないと買い物なんかしない。

「はて、雨に適した靴とは何だろう」

暫し瞑想するが、長靴くらいしか思い浮かばない。 そうじゃなくて、雨でもOKだし、カジュアルな服装にも合いそうな都合の良い靴が欲しいのだ。 普段着に長靴なんて履くわけには行かない。

インターネットで「防水 靴」とか「雨 靴 カジュアル」とか時間を使って検索するが、ピタッとしたものが中々見つからない。 なんだか馬鹿馬鹿しくなって、机に向かって仕事に取り組むが、頭の中を「防水 カジュアル 靴」がグルグル回って手に付かない。
そうして、四苦八苦して思いついたのがデッキシューズ!
その昔、BEAMSやボートハウスの服を若者が挙って着ていた頃に流行った靴だ。 デッキシューズは、元々アメリカでBoat Shoesとして、海軍やヨットの甲板で働く人たちのために開発された靴で、水に強い。 しかも普段着に履いていても、ちっともおかしくない。いや、カッコイイ。
心の中で快哉を叫んでから、早速インターネットで検索する。

無い。
似たような靴は見つかるが、廉価なレプリカだったりする。 本物のデッキシューズでなければ、防水加工されていないので意味が無い。 やっと見つかっても、欲しい色が無かったり、サイズが合わなかったりする。 なんだか、天国から地獄に突き落とされたようでがっかりする。 自分は本当に運が無い男だ、とそこまで考え始める。 四苦八苦の挙句、結局、御徒町の怪しげな靴屋に取り寄せてもらった。

やっと手元に届いた箱を開けて、ブルーのデッキシューズを見て舞い上がった。 早速、履いて表に散歩に出るが、この数日、抜けるような青空が続いている。
普段は鬱陶しい雨空が今は恋しい...雨降れ...アメフレ。

今月は SPIROGYRA の OLD BOOT WINE が入荷しました。サードアルバムの人気が高いですが、こちらのセカンドも名盤です。 年々きれいなものは入手が難しくなってきております。


 

■本末転倒につき(JUNE 2008)

アナウンサーの徳光さんが場外馬券売場で発券をめぐって騒ぎを起こし、レギュラー番組の中で謝罪をしていた。 メーンレースを買うため、発券機に8万円の紙幣を入れたが、機械トラブルで発売中止になってしまったそうだ。 「早くしてよ」と競馬専門紙を叩きながら、係員に怒りをぶつけていたそうだ。 「出走5分前で頭に血が上っていた」と謝罪していた。ちなみに紙幣は返却されたが、出走には間に合わなかったという。
テレビを見ていて、これはおかしいと思った。

「謝らなくてはならないのは、JRAじゃないのか?」

彼が働いて稼いだ金を、週末の楽しみに使おうとして、それをできなくしたのはJRAじゃないのか?
的中するしないの問題ではない。 予想に使った時間はどうなるのか。
まったく本末転倒の話が多い気がするのだが、気のせいだろうか。
近頃、歳をとったからなのか、傍若無人な態度や人を食ったような口の利き方をするセールス電話に無性に腹が立つ。
こちらも起承転結の無い話になってしまった(いつものことだが...)。

今月は DULCIMER が久しぶりに入荷しました。幻想的なジャケットのアートワークは何度見てもいいですね。 CDでは決して味わえない英国の音楽文化をストレートに感じることができると思います。


 

■銀座の夕暮れ(MAY 2008)

ガイちゃんに貸した金が返ってこない。
ガイちゃんは、アウトローの世界で生きているようなんだが、どこか気のいい奴で、 人相にも凶悪な感じが全然無く、それでいて喋る内容はきわどいことが多い。 銀座を根城にしていて、夕暮れ時になるとどこからともなく現れてセカセカと早足で何処かへ消えていく。 不思議と周りの人の金回りを把握していて、ちょっと懐に余裕があるときにはスッと近寄ってきて話しかけてくる。
先日も夕暮れ前に、銀座の裏通りのラーメン屋を出た所でバッタリ出くわした。

「今度タイで成人病の特効薬を栽培する畑を作るんだヨ。俺プロジェクトマネージャーを任されてるんだ。 Kちゃん投資しない? 絶対儲かるし、いい薬が出来れば人助けにもなるしサ。」

それで幾ばくかの金を渡したんだが、それっきりパッタリ連絡が途絶えている。

銀座という街が好きだ。
勘違いしないで欲しいが、別に夜のクラブ活動が好きなわけではないし、生憎そんな金も持ち合わせていない。 人々が働くパワーを感じ取れるから、色々な仕事の人たちが懸命に生きているから、 そこに触れてみたくなる。
銀座の夕暮れは、夜働く人達には朝なんだろう。 私の知り合いの年配の女性で、私がよく行くTという焼き鳥屋で夕方の開店と同時にブレックファーストをほぼ毎日食べる人がいる。 店の人も心得ていて、その女性がくるとカウンターの奥へ何気なく座らせて、 何本かの焼き鳥とビールの小瓶とご飯と鶏スープをすぐに出す。
さぁ、ビールで景気つけて今日も頑張るぞぉ、でも仕事があるから小瓶にしておこう、ってな感じが伝わってきていいんだナ。

今月は Colin Hare のデビューシングルが入荷しました。LP未収録のとても良い曲です、貴重なPanny Farthingのカンパニー スリーブも付いています。この機会に是非聞いてみて下さい。



 

■菜の花(APR 2008)

上野で、すんゲェ車椅子の乗り手に会った。 まずスピードが違う。 私は切符を買うために券売機の前で財布を取り出さそうと下を向いていたんだが、 最初原付バイクかなんかが至近距離を通過したのかと思った。 冗談じゃなく、ビュッっと音がして風を感じた。 その後、地下鉄の乗り場へ降りて行く様子だったので、私が後姿を目で追っていると、 コーナリングは鋭角で正確無比、F1パイロットのように綺麗にアウトインアウトで最短距離で曲がっていった。

地下鉄のホームで再度乗り合わせたが、まず乗り込み方が只者ではない。 ホームより地下鉄のドアが少し高くなっているのだが、その高さをスタンッ!と小気味よくジャンプして乗り込む。 即座に隅の方に設けてある車椅子の人のための座椅子が設置されていないスペースに走って行き、 方向転換をしながら流れるように、しかしものすごいスピードでバックしながらそのスペースに収まる。 以前、カースタントのプロが縦列駐車のスピードを競うテレビ番組があったが、 それよりもよっぽど迫力があった。

鼻がムズムズする季節になったが、家人と散歩に出て、春野菜が並ぶ八百屋の前を通りかかった際、今夜は菜の花がいいねェと言ったら、 間髪入れずに、花は水を変えたりして面倒だからイヤです、と切り返された。
そうじゃなくて、今夜はおしたしが食べたいと言ったの!
誰が八百屋の菜の花を生けて育てるんですか...

今月は、貴重盤スプリングセールと題して昨年来集めていたレコードを少しですが放出します。 その中で、SEX PISTOLS の PISTOLS PACK を取り上げてみました。 6枚のシングル盤を特製のビニールアルバムに収めたコレクターズアイテムです。 めったにお目にかかれるものではありません。


 

■やっぱりホッピー(MAR 2008)

久しぶりにジン太と上野で呑んだ。 ジン太は、幼少からの付き合いで、 私の生家の近所で生まれ育ったが、はんちくな悪事を繰り返すうちに親父さんに勘当され、 一時行方知れずになっていたが、今は下町で左官の仕事をしていて立派な親方になっている。 日焼けした肌に、太い二の腕が頼もしい限りだ。

私たちは、この辺じゃ高級な部類に入る天ぷら屋のカウンターの奥にどっかりと陣取り、 蛤の天ぷらをムシャムシャ喰いながらビールを呑み出した。
隣で老客が、まったく天ぷらを注文しないで、厚岸の生牡蠣で日本酒を呑みながら 店の若旦那と話している。

「昔は気取って買い物なんてときは松坂屋によく行ったもんだ」
「それは今でも皆さんそうでしょう」
「松坂屋も立派になったねぇ。昔は木造で座敷に上がり込むような店だったのにさぁ」

いったいどれほど昔の話をしているんだ?この人何歳なんだ?

「おい、年寄がスゲェ話してるな」

ジン太の方に向き直って話しかけても、ジン太がモジモジしながら、どうもしっくりこねぇ...なんてブツブツ言ってるから、どうしたのか訊くと

「なぁ、天ぷらにビールってのはおかしくないか?」
「じゃあ酒にするか。何でもいいぜ」

私は促したが、酒ってのもなぁ...とまたブツブツ言い出した。私はあきれ返って言った。

「やい、いったいいつも何を呑んでやがるんだ?何が呑みてぇんだ?」
「やっぱりホッピー」

そりゃココには無いだろう。

今月はPENTANGLE-Solomon's Seal UKオリジナル盤の完品・美品が入荷しました。 このレコードUK盤が少ない上に、インサートの欠損が多かったりで苦労します。 やっと見つかっても、めちゃくちゃ傷みやすいジャケットで、きれいな保存状態のものは数が少なくレアです。





 

■ジョンの魂(FEB 2008)

年初に仕事でニューヨークへ行った。
この時期、ニューヨークの平均気温は0度、夜半は氷点下に冷え込むと聞いていたので、ダウンジャケットなど着込んでいったのだが、 着いてみると東京より随分と暖かくてビックリした。 仕事の方は存外、大したトラブルも無く、粛々と片付いたが、マンハッタンのミッドタウンの宿に世話になったため、 あまりの人の多さに辟易して、結局クタクタで帰路に着くこととなった。

暖かさよりも驚いたことはニューヨークの喫煙人口の多さ。東京の私の巣の周りの道は路上喫煙が禁止されていて、 当初それを知らない私が咥えていたタバコを見回りの人に注意されたことがあった。 ところが、アメリカ人はタバコを吸わないと聞いていたのに、ニューヨークの街は路上喫煙者で溢れ返っていた。 想像するに、建物の中でタバコが吸えない決まりなので、喫煙者が全て路上に出てきているのだろう。 こっちの方がよっぽど街が汚れて見っとも無いと思うのだがどうだろう。

仕事の合間に、セントラルパークにあるストロベリーフィールズと呼ばれる場所へ行った。 ダコタハウスに程近い入り口から公園に入り、美しい木立の中を散策すると、すぐにイマジンサークルという 地面に埋め込まれた円形の石碑が目に入る。献花したかったが花を持ち合わせていないので、黙祷して帰ってきた。
今から27年ほど前のよく晴れた冬の日、ジョン・レノンはダコタハウスに帰ってきたところを射殺された。
ジョンの魂は、平和を愛する人たち、現役の音楽家の心の中に受け継がれていると思う。 ジョンが最も伝えたかったメッセージが石碑に刻まれていた。

Imagine all the people living in peace

War Is Over(if you want it)!

このメッセージは、彼の死後もアメリカのリーダーには伝わらなかったようで残念である。

今月はJo-Ann KELLYのCBS原盤が入荷しました。音楽的内容、ジャケットのデザインから人気があるのか、年々入荷が難しくなってきています。


  ■年の瀬でも懐かしい兄弟(JAN 2008)

年末が近づき、少しずつ人々の歩く様子が忙しなくなってきた街並みで幼い兄弟に出くわした。 弟の方が火のように泣いていた。 膝小僧を押さえて泣いていたので、その辺で転んだのかもしれない。 ちょっと心配そうな顔で道行く大人たちが見ている。
ハッと気がついたんだが、昔はそこらじゅうにこんな兄弟が沢山いた。 なんで少なくなったんだろう。泣いている子供を見ても道行く大人たちは一々気に留めていなかった。 まぁ、命に別状は無いんでちょっとビックリして振り返って、「ガンバレよ」と心の中で念じていたかもしれないが。 私子供の頃はグループになって遊び、夕暮れ時には数名が喧嘩やら何らかのトラブルで泣き出し脱落していた。 それでも次の日は、また一緒になって遊んでいた。

11月になったので都下の焼き鳥屋Mへ行った。野鳥の猟が解禁になると、山鳩や鶉など珍しい焼き物を食べさせてくれる。 ここの主人とは彼是15年くらいの付き合いになる。 もう90歳を過ぎているが、いつ行っても威勢のいい声で迎え入れてくれる。 ある夜、日頃同じような焼き鳥ばかり注文する私に、
「たまにはこんなものでも喰いなよ」
と言って砂肝の刺身を出してくれた。本当においしいかったことを素直に伝えた。 それからは、どんなに混んでいても珍しい入荷品があると捌いてくれるようになった。 品書きに載っていない真鴨のハツや生つくねを初めて食べさせてくれたのもこの店だ。
変わり者の主人で、酔っぱらって上がり込もうものなら、たちまち追い返されてしまう。 私も何度となく怒鳴りつけられている客を見てきた。 ある日、せっかく来てくれた客を何で追い返すのか訊いてみた。
「あんなに酔ってちゃ食べられる鶏がかわいそうだもの」
もったいないの意味を知る世代の言葉だ。 主人との会話も楽しいのだが、ここは周りを気にしないで酔えるのがイイんだナァ。 件の幼い兄弟の話を、ここの主人にしたら嬉しそうに頷いていた。

今月は Rubber Soul のコントラクトプレスが入荷しました。WITH や Please Please Me ではたまに DECCA プレスを見かけますが、 Rubber Soul の溝ありプレスは初めて見ました。デッカの二重の溝とは形状が違い、ぽっこりと中央が窪んでいる印象。 もしかしたらPYEか他の会社かもしれません。大変レアだと思います。



 

■サンドイッチ楽部(DEC 2007)

日本橋蛎殻町に一際行列ができる弁当屋がある。 周辺は地場証券や繊維問屋が立ち並ぶオフィス街で、それなりに弁当の需要があるので、弁当屋はかなりの軒数があり競争も激しかろう。 売っている弁当はありきたりのもので、特筆すべきことは何もない。 近傍に私が行き着けの食堂があるので、しょっちゅう通りかかるのだが、いつも不思議に思っていた。
店の名前は「サンドイッチ楽部」。 元々は「サンドイッチ倶楽部」と名乗っていたのだが、 看板の"倶"の字がわざわざペンキで消してある。 倶とは苦を連想させるからなのか、人生お気楽に行こうやで楽部なのかはっきりとは解らない。 店名にあるサンドイッチは申し訳程度にガラスケースに陳列されているだけで、 売っているものは件の弁当である。

店の表にはホワイトボードが置かれている。 こういう店は普通、その日の弁当のメニューがそのホワイトボードに書かれているものなんだが、ここは違う。 店主の"今日の一言"がマジックで殴り書きされている。 先日私が通りかかった日の一言は「死んでも誰も泣いてくれないようでは生きる甲斐がない 」。 斬りつけられるようなストレートな言葉だが、あれは店主の言葉なんだろう。 人の本音が包み隠されたオフィスで、心を少しでも揺さぶられるその一言に勇気づけられ客が群がっていると思っているのだがどうだろう。

今月は CIRKUS の幻のシングル盤が入荷しました。プライベートレーベルばかりからONE、FUTURE SHOCKと2枚のLPを出していましたが、 実は一番見つからないのがこの3曲入りシングル。もちろんアルバム未収録の曲です。


 

■がんばれT君(NOV 2007)

唐傘一つ持たないで散歩に出ちまったもんだから途中から雨に降られて困った。
何となく都営地下鉄線を乗り継いで人形町まで来てしまい、 甘酒横丁辺りで昼間っから一杯やろうと思っていたんだが、 生憎目当ての店が休みで途方に暮れていたところにザーッときた。

雨宿りをするには、明治座の正面玄関のベンチがうってつけなんで、しばらく座って煙草なんか吸っていると、 様子のいいご婦人が次から次へと入り口へ吸い込まれていく。気のせいなんだが、ご婦人方がちょっとこちらを一瞥していから通り過ぎて いるような気がして落ち着かないので、浜町公園の石垣の木の下で濡れていない所に座り込んでジッとしていた。

暫くすると雨も小降りになってきたので、立ち上がって行こうとすると呼び止められた。
「Kだろう」
顔を見て誰だか分かったが名前が出てこない。 高校生のころの知り合いのTという奴で、相手が名乗るとそれを繰り返して、すぐ分かったよと言ってしまう。 Tはス−ツのズボン、白いワイシャツにグレーの作業ジャンバーを着ている。 Tにそこら辺でコーヒーでもどうかと誘われた。
「コーヒーよりも腹が減っているんだ」
「それなら、俺が知っている中華料理屋がすぐそこにあるから行こう」
私は断るつもりで返答したんだが、結局、連れ立って一緒に歩き出した。

Tが向かったのは燕慶という街場の店で、どこにでもあるような造りだったが、 唯一私の気を引いたのは表に"上海蟹入荷しました"と貼紙がしてあることだった。 ちょっと期待してテーブルに着くと、Tは上海蟹だけを2杯注文して、ここのは美味いから、と私に言った。 注文の仕方が少し偉そうな気がして腹が立ったが、今それを言っても仕方ない。 飲み物に私は紹興酒、Tはビールを頼んだ。
「仕事中だろう、いいのかよ」
「さっきまではな。もういいんだ」
私が訊くと、Tは答えながらグラスのビールをうまそうにゴクゴクと飲み干してしまった。 Tの言い方がどこか投げ遣りに聞こえて気になったが、私の気持ちは直ぐに目の前の蟹へと向かっていった。

蟹を食べているとき人は無口になるらしいがTはよく喋った。大学を出て、サラリーマンを数年やってから親父さんの 会社を継いだこと。3人の子供と都下の一戸建てに住んでいること。長男が野球をやっていて将来有望なこと。 退屈な話だったが、黙って聞いていた。
蟹は美味だったが、食事の量としては物足りなかったので、私は何か追加で注文することをTに告げた。
「それなら河岸を変えて焼き鳥でも食おう」
Tにまた誘われたが、私もこのまま分かれるのは何か中途半端な気がして付き合うことにした。
私達は近くのSという小料理屋へ行った。 私も細かいことなどどうでもよくなって本格的に呑み始めて、 自分のこともポツリポツリと話し出し、気がつくと楽しくなっていた。 昔話を肴にゲラゲラ笑い、しこたま呑んで店を出た。 私達はまだ宵の口の甘酒横丁を大声で話しながら練り歩いた。

私達は歩き疲れて、最初に出会った浜町公園のベンチにへたり込んで、夜空を見上げていた。 Tが雨上がりの夜空を見上げながら、経営していた自分の会社が今日倒産したと私に言った。
「そうか」
私はそうとしか答えられなかった。
当座から返済の金が落ちずに、公庫などへ金策に朝から走り回っていたが万策尽きたのだという。
「お前は調子よさそうじゃないか」
「何とかやっているよ。でも恥の掻きっぱなしだ」
「そうだろう。プータロウもいいもんだって今日初めて分かったよ。実は昼間会ったとき家に帰りづらかった。お前に会ってよかった」
Tの顔は相変わらず夜空を見上げたままだったが、その声に自棄気味な調子が消えていた。 連絡先も交換せずに、私達は公園で分かれて、私は地下鉄の階段を下っていった。「T、がんばれよ」と心の中で念じながら。

Jimi Hendrix の Electric Ladyland のファーストプレスが入荷しました。見開きジャケットのレタリングが青文字、レーベルのレコード番号 が逆さに印刷されています。ジャケットのコンディションはそこそこですが、盤は極美品です。 通常のオリジナル盤に比べて存在確率は10分の1以下ではないでしょうか。


 

■スマートボール名人(OCT 2007)

近くの神社から景気のいいお囃子が聞こえてくるので、出かけてみた。 お祭りといえば、縁日。 祭るべき対象が霞むほどに、最近の縁日は量も種類も豊富であるが、 ここ数年、従来の屋台に加えて、海外の料理系屋台、 例えば、ベトナムラーメンとかドネルケバブとか中国の点心やチヂミが気になる。 気にはなるが、ちょっと祭りの喧騒の中で食べる気はしないでいる。

あんず飴。少年時代の私にとって縁日の王様だった。 色鮮やかに染め貫いた李、杏、サクランボなどの種を短めの割り箸に刺し、 周りを水飴でコーティングして、分厚い氷の台の上に陳列してある。 食べる寸前に杏が漬けてあったシロップにサッと潜らせ、麩のお椀を受け皿として使う。 こうすると水飴が溶けても手が汚れなくてよろしい。 こういった屋台には、必ず小型のスマートボールや伝助博打の元ネタのようなちょいとしたゲームが備え付けてあって、 まず客は金を支払った後にこのゲームを行う。結果によって1本、3本などと貰える本数が変化する。まあ大概は1本なんだが。

その昔テキ屋のギューちゃんという知り合いがいて、全国津々浦々の祭りに出店するため旅烏のような生活をしていた。 背中に昇り龍の彫物なんかがあって、普段は人懐っこい表情をしているが、 露店に立つときは背筋が伸びて威勢のいい声を出していた。 ギューちゃんは露店のスマートボールの名人だった。なんてことはない、暇なときに自分の露店に備え付けてあるスマートボール で遊んでいるうちにコツを飲み込んでしまったのだ。 自分の露店をほったらかして、わざわざ他の露店へこっそり買い物へ行き、スマートボールで大当たりを出しては 破顔一笑していた。 私がお祭りに出かけるのは、縁日も楽しみなんだが、めっきり連絡の取れなくなったギューちゃんに バッタリ遭遇することを期待しているのかもしれない。

今月はSENSATIONAL ALEX HARVEY BAND/Framedが入荷しました。レーベルが渦巻きからスペースシップに変る過渡期の発売で あったため、オリジナル盤はプレス枚数が極めて少なく入手困難です。


 

■泪橋の絶品珈琲(SEP 2007)

それなりに珈琲のお世話になっている。 食後に口の中をさっぱりさせたくて飲んだりするし、 朝、目が覚めるように飲んだりもする。 別に品質や銘柄に拘りがあるわけではない。 市販のドリップ式のもので充分である。

ところが、ある日突然うまい珈琲が飲みたくなってBという喫茶店へ出かけた。 この店は人から名店と吹き込まれていて、いつも気になっていた。 訪れる機会がなかったが、所用のついでに少し足を伸ばした。 泪橋という簡易旅館や立ち飲み屋が立ち並ぶ、 お世辞にも綺麗な町並みとは言えない場所に店はある。

採光が充分で明るい店内は清潔感に溢れている。 品質管理されていた豆を取り出し、ペーパードリップで淹れてくれる。 私はエチオピアという豆を挽いてもらい、ブラックで飲ませていただいた。 香り高く、苦味と酸味のバランスが絶妙で、電車を乗り継いできた甲斐があったと納得した。 いまどき300円〜400円でこれだけの珈琲を飲ませてくれる店は少ない。

今もこの原稿を書きながら淹れたての珈琲を飲んでいる。 ちょっと飲んでほっとして、また書く。 昔は刺激的なことが私の人生を動かしていたが、今はありきたりのちょっとした幸せが私の人生を豊かにしている。

今月は、Mike McGEAR の Woman アイランド原盤が入荷しました。Paul McCARTNEY と深く関わりのあった人です。 ファーストよりもこのアルバムの方ができが良いです。近年、英国本国でも値上がりが始まっています。


 

■池袋1987 (AUG 2007)

大学に通っていたころ、Kさんとよく遊んだ。

Kさんは同じ大学に通う2年先輩で、 池袋の雑居ビルで警備のバイトをしながら、ついでにそのビルを住みかとしていた逞しい生活力を持った人だ。
フランス文学を専攻していたが、授業にはまったく出ないで、 売れない純文学をせっせと書いては、出版社に持ち込んでいた。

酒はそんなに強くなかったが、よく一緒に呑んだ。 私達は人間の本性がむき出しになるまで、酒を呑み続けた。 当時、私達は、そうしなければ目の前の相手を決して信用しなかった。 Kさんには、雀荘、競馬場、スナック、そういう大人の遊び場の入り口にもよく連れて行ってもらった。
Kさんは何度も留年して、故郷の島根県に住むご両親からの仕送りを止められ、 それでも自分で新宿のホストクラブで働いて、学費を納めて、退学しなかった。 今思い返すと、彼にとって大学は社交場だったのだろう。後輩ばかりになったサークルの古机に 屯して、いつも何か面白いことはないか探していた。

ロマンチストで、女性にもてて、涙もろくて、 彼の純粋で無頼な生き方に憧れていた。 Kさんと一緒にいると、音楽に熱中しながらもどこか物事を斜めから見ているような自分の生き様が恥ずかしくて、嫌でたまらなかった。

Kさんの訃報を聞いたのは、卒業後3年くらいしてからだろうか。
Kさんが厄介な病気で苦しんでいるとの話は耳にしていたが、私はそれほど深刻には受け止めていなかった。 別の先輩からかかってきた電話に言葉を失った。
告別式に参列させていただいたが、その後の食事の席で初めてKさんのお父様にお会いした。 息子に先立たれたお父様が、弔問客に差し出すワンカップの本数が足りるかどうか気になさって、 「あと3本くらいコウとくか、いや4本くらい」と繰り返していた言葉が 今でも頭から離れない。人を惹きつける魅力は親から子へと引き継がれていくことを、初めて知った。

Kさんのような人に暫く会っていない。 腹の底から笑って、それが止まらなくなるような思いを随分していない。 昨今は、男も女も本性が解らない。心を開いて、ありがとう、バカヤロー、すみませんと言える人は家族以外は一握りだ。 Kさんのような人が死んで、自分のようなつまらない人間が生き残っている。

今月は、RENAISSANCE/Illusion の英国 Island Help 原盤が入荷しました。当時は西ドイツ盤のみが発売され、母国である英国盤は輸出用に極少数プレスされ、すぐに回収されました。 ジャケットのコンディションいまひとつですが、滅多に拝めるものではありません。

 

■しょうもない一日(JUL 2007)

別に時間を持て余しているわけではないのだが、ふと思い立って枕草子を読み始めた。 かみさんが国文科卒なので、家には原書が転がっていて、しばしば昼寝用の枕として私が活用している。
春は曙、やうやう白くなりゆく山際... 夏は何だって?
惨たんたる集中力と読解力不足で、ほどなく文意が汲み取れなくなる。 昔から、古文という科目が苦手だったことを思い出した。 漢文なんて教科もあったが、文章が暗号みたいに思えて、まったく興味が湧かなかったなァ。

批評を読んでいて気付いたのだが、著者の清少納言という人は上流階級の人間ではない。 「清少納言の出身階級を忘れひたすら上流に同化しようとした浅薄な様の現れである。 (自分の親族身分のみならず身分が高い者に対しても敬語がないため) 」などという件がある。 大昔は女流作家がエッセイを書くのも階級に配慮したりして大変だったのだろう。

読みかけの原書を早々に放り出して、今度は3時間ほどテレビの前を動かなくなってしまう。 気付くと、無意識のうちに手元にペットボトルのお茶やらクッキーなんかを運んでいる。 仕事は山ほどあるのだが、この自堕落な時間を失ってなるものかと向きになってチャンネルをフリップする。 仕事の生産性はどのように落ちていくのか、皆さんお解りか。

最近しょうもない事で困ることが多い。
3時を過ぎてから銀行の用事を思い出す、持っていたと思っていたライターが出先で見つからない、 なんてのは序の口で、先日はかみさんと待ち合わせていたことをすっかり忘れていて、家に戻ってからこってりと油を絞られた。 別に老化しているわけでも、更年期でもないと思うが、仕事以外のことでも、もう少し緊張感を持つようにしよう。

本当にひさしぶりにGRAVY TRAINのVERTIGOマスターピースが入荷しました。ジャケット、音楽的内容、やっぱりオリジナル盤で持っていたい一枚です。


 

■平和な時代に生まれまして(JUN 2007)

「硫黄島からの手紙」、「父親たちの星条旗」、「男たちの大和」、「君のためにこそ僕は死んでいく」など 昨今は太平洋戦争を題材にした映画が多く作られている。 いくつかの作品を映画館やDVDをレンタルして鑑賞した。
大変な時代だったのだろう。 どの作品も戦争の過酷さを訴えてはいたが、その背後で政治家や権力者の醜さと戦友同士の絆の美しさが綱引きしているように見えた。

日本人の自他共栄の精神、滅私奉公な生き様などは、思えばこの時代がピークだったのかもしれない。 戦争を肯定する気は毛頭ないが、近年の自己中心的な事件などを耳にするとどちらの時代がまともだったのか解らなくなる。

私は、「硫黄島からの手紙」はウィークデーの昼間に繁華街の映画館で鑑賞した。 人気のある作品と聞いていたので、空いてそうな時間を選んで出かけたのだ。 来ている人たちを見て驚いた。ほとんどが老人ばかりだった。それも90歳前後の方々だろうか。 上映中に震えだす人もいた。もうお分かりだろう。実際に従軍した人たちが映画館に来ていたのだ。

上記の作品の中には、退役軍人の社会復帰の難しさを付け加えている作品もあった。 Bruce Springsteen などアメリカのアーティストの歌詞には、この手の事柄が歌われていることが数多い。 アメリカが今でも戦争をしているということなんだろう。

今月はYESの危機マトリックス1が入荷しました。 両面エンボスジャケットにマトリックス両面1のレコード盤が封入されたファーストプレス。 美品は年々出にくくなっています。


 

■四谷喰談(MAY 2007)

本当に久しぶりに四谷のM鮨へ行った。 主人のEさんとも久しぶりに話しをした。 カウンターに座ってビールを呑み始めると、以前私が好んで食べていた煮烏賊と穴子の"つけ"焼きを出してくれた。 勧められるままに食べた鳥貝がおいしかった。愛知の知多半島からきたものだという。 他にも鱚の木の芽寿司や醤油に漬けた鮪など昔とまったく変わっていなかった。
初めて暖簾をくぐったのは10年前になるだろうか...

奥様とも話しをさせていただいた。 商売は本当に難しいとおっしゃっておられた。 ここは珍しい夜明かしの鮨屋で、四谷に2店舗あったが、現在は1店舗だけだ。 よく見ると、今日は私の貸切状態で他に客が誰もいない。 職人さんの数も少し減ったようで、筆者と同じ苗字の職人さんは岩手へ帰ってしまったそうだ。 ずいぶん良くして貰った記憶が甦ってきて、少し胸が震える思いがした。
よく見るとみなさん若干老け込んでおられる。 当然のことながら自分も老け込んでいるはずで、 酒量が落ちたと告げると、 良いことですよと主人に言われた。体が自然にそうなっているんだから 自然に任せなさいということなんだろう。 10年前は、「鴨鶴」という金粉が入った酒をコップでガブガブ呑んで、鮨もたらふく食べて明け方に帰宅して、平気で翌日早朝から仕事をしていた。
ご主人も近隣に駐車場がなく苦労しているという。 朝、仕入れに築地へ車で出かけるのだが、ヘトヘトになって帰ってくる。なんでも駐車場から店まで歩いて30分もかかるそうだ。
光陰矢のごとしですねェ。Eさんの握った鮨だけが変わっていないことに、初めて気付いた。

今月は、MEGATONのドイツオンリーのシングル盤を紹介します。 LPは6桁級のメガレア盤ですが、このPS付きシングルも負けないくらい入手困難です。 ヨーロッパの湿った空気を感じさせる作りで、手にしたときにちょっと溜息が出そうになります。 わかってもらえるかなァ。

 

■Oさんに教えられて (APR 2007)

宇都宮へ小旅行に行ったときの事を書く。
春先に気の合った仲間と小旅行に出掛けることが近年の楽しみになっていたが、 今年はお互いの都合が合わず、また私が現地で仕事があったため今年は一人で出かけた。

連休中のため新幹線は混み合っていた。 小山を出てすぐに宇都宮だ。 降車ドアの行列は嫌いなので少し早めに席を立ちデッキに立っていると、 様子のいいご婦人が携帯電話で喋っている...
「もうすぐ着くから」
(フムフム。実家の人に車で駅まで迎えに来てもらうんだナ。)
「餃子の前で待ってて」
スゴイと思った。餃子の前とは駅前に餃子の銅像でも建っているのだろうか。

仕事先までタクシーに乗った。
この運転手さんが、よく喋る。散散、宇都宮の歴史やおいしいものを教えてくれて、 帰り際に名刺までくれた。名刺を差し出す運転手は初めてだったが、受け取ってきた。 この名刺がおもしろい。キャッチフレーズがついている。 この運転手さん(Oさん)は「やさしさ第一の」と書いてある。各人色々なフレーズが刷り込んであるのだろう。 想像しているとちょっと楽しくなる。
私が餃子のおいしい店を訊くと、今その店の前を通りますからといって教えてくれる。 しかし、それだけで話は終わらない。その店の栄枯盛衰を教えてくれる。 「あの店は天国と地獄を味わった店です。昭和40年に主人が台湾から持ち帰ったレシピで開店して、それは繁盛したのです。 しかし、その後、根も葉もない噂話で客が来なくなり、苦労したんですが、 昨今のグルメーブームに乗ってまた、行列のできる店になりました」。
なるほど、そうですか。そういう歴史を踏まえた上で頂いた餃子は、乱雑に食して味わうようなことはできなかった。
仕事の方は思いのほか、トラブルが多く、少し嫌な思いもしたが、 それ以外は競輪場で日向ぼっこをしたり、のんびりした旅だった。

今月は、BEATLES FOR SALE の両面ミスクレジット盤が入荷しました。A面が"I'M A LOSSER"、B面が"Northern SSongs"。 二度と出ないでしょう。プロモスティッカーがあるので、本当の極初期プレスだと思います。


 

■サイケな万華鏡 (MAR 2007)

先日、江戸川橋の"みつぼ"で呑んでいたとき、隣席の若者に声を掛けられた(最近多いんだナァ)。 最近よくここで晩酌をする。ここなら、たらふく呑んで食べて3000円であがる。 値段が安いわりに生ホルモンや"おしたし"など気が利いた肴も揃っている。

その若者は「煙草を1本もらえますか」と言った。珍しい。 最初、煙草を指差していたのでライターを貸して下さいとでも言うのかと思っていたら違っていた。 私は心の中で一旦は腹を立てたが、結局「ああ、どうぞ」と言って一本あげた。 よく見ると、O君と名乗ったこの若者、私の若いころにそっくりなのだ。 中途半端に金髪に染めた油っけのない髪に、煮しめたような色のジャンバー、穴のあいたジーンズを着ている。 話してみると、気は利かないが朴訥なやつで、七三バッチリで銀縁の眼鏡なんか掛けて昨今の株式市場について話す男たちより よっぽど信用できる気がした。 結局、その夜彼は居場所を見つけた猫のように私の懐に飛び込み、私の煙草を吸い、私のホルモン焼きを喰って、 閉店時間まで呑んで一緒に店を出た。

それ以上面倒な関係になるのも嫌だったので、O君とは目白通り辺りで別れ、私は自宅の方向へ歩き出した。 しかしながら、安物の焼酎をしこたま呑んでから夜歩きしたので、自宅のあるマンションに着いたときには完全な酩酊状態だった。 しかもマンションが停電していてエレベーターが使えないと張り紙がしてある。 おい冗談だろう。私の巣は14階だよ。逆上しそうになったが、文句を言う相手がいない。 ヘトヘトになって階段で14階まで辿り着くと、家人が「バカねぇ、何日も前から告知の張り紙がしてあったじゃない」と止めを刺す。 ハァハァと肩で息をしながら寝床につくと天井が少し回ってみえた。ちょっとサイケな万華鏡みたいだった。

今月は KING CRIMSON の ISLAND が入荷しました。ピンクリムレーベル、シングルジャケットに袋状のインサート型内袋が付属したオリジナルです。 この内袋、裂けているものがほとんどで、まともなものは見かけなくなりました。

  ■お台場を練り歩きまして(FEB 2007)

以前、このコーナーの駄文に昔の遊びが面白い、最近の遊びはつまらないと書いたことがあったが、驚くほどの反響があった。 爾来、賛同のメールが連続して届き、驚いたと同時に感謝の気持ちで一杯になった。 ピンボールだアナログだと書いたからか分からないが、ここへ行けば昔のピンボール台で遊べますと ご丁寧に店の住所などが記されたメールも頂いた。 一応、礼の言葉を綴ってメールを返信したものの、教えてもらったからには遊びに行かなくてはせっかくの好意を無駄にしてしまうと 自分に都合の良い理屈を付けて、嫌がる愚息を言葉巧みに誘って行ってきました。

お台場DECKSに一丁目商店街なる昭和の遊びをコンセプトにした商店街がある。 昔の駄菓子屋、文房具屋、昭和初期の洋食にフォーカスしたレストランなどが軒を連ねている。 丁度、私達が訪れた日にはプロレスの興行が行われていて 「闘魂カーニバル!アントニオ小猪木とジャイアント小馬場参加バトルロイヤル」 なんて凶悪なのか可愛らしいのかサッパリ分からない取組みをやっていて、信じられないくらいの人だかりが出来ていた。 商店街の中ほどに設置されたフルーツパーラーで腹ごしらえをしてから、目当てのゲームセンターに乗り込んだ。

愚息に幾ばくかの金を渡して勝手に遊ぶように命じてから、 自分は6台設置してあるピンボールで遊びだした。 その中には昔自分が遊んだこのあるマシンもあったりして、薄暗い下町のボーリング場の記憶が幽かに甦りました。 実は設置してあったマシンの内3台は、動作不良のためコイン投入口にガムテープが貼り付けてあって、 アナログのそれも40年以上も前のピンボールマシンのメンテナンスの大変さが汲み取れた。 ピンボール以外にも、ヘリコプターを巧みに操縦して電線をタッチいくゲームなどがあり、 早くジーンズを買いに行こうと急かす愚息を無視して、時間も忘れて遊びました。楽しかった。メールを下さった方、 記して感謝いたします、ありがとうございました。 因みに愚息は、その中では最も近代的?なゲームに見えるゼビウスをやっていたが、果たして彼の遊びの魂は揺さぶられたのだろうか。

今、この文章の書きながらなぜ今のピンボールより昔のピンボールが面白いのか考えてみた。 最初にわかった事は、すべてに時間の流れがゆっくりしているのだ。 確かにギミックなどは近代のピンボールの方が複雑で面白い。 しかしながら、緩やかな台の傾斜、 コインを入れてゲームが始まるときにスコアーが初期化される時間、全てがのんびりしている。 デジタルでパッとスコアーがゼロに戻るのとは時間の流れが明らかに違う。 次にわかった事は、音である。1ゲーム上がる(点数やスペシャルで再ゲームできることを「上がる」と言います)カツンという音、 バンパーがボールを弾き飛ばしながらスコアーを変化させるチンチンという音、そういった音が周りの空気を鋭利なものでなく、 ざわざわした柔らかなものにしている。 近代のピンボールでは電子的な音が、例えばバキューンなんて音が出る。

別のメールでは、読者?の方に、昔のパチンコ台で遊べる店も教えてもらった。 筆者は以前書いたような理由で最近のパチンコを打つことはなくなったが、これも面白かった。 紙面が許せば?別の機会に書いてみようと思う。 そう。それで思い出したが、昔は雀球やアレンジボールなんてのもあったナァ。何処にいっちまったんだろう。

今月はFANTASYのPAINT A PICTUREのほぼ完璧なものが入荷しました。ラミネートされていない大変 痛みやすいジャケットなので、これほどのものは初めて見ました。

 

■アイルランドの鰻(JAN 2007)

アイルランドの音楽が好きだ。
UKではありません。リパブリック・オブ・アイルランド。 ケルト語の優しいフィメール・ボーカル物も好きだし、英語で歌われているエレクトリック・トラッドなんかも好きだ。 THIN LIZZY、Gary MOORE、U2などの世界的大物アーティストも輩出している。 フォークであれば、MacMURRAGH、MUSHROOM、LOUDEST WHISPERの母国ですね。どれもオリジナル盤は高価でクラクラする。

初夏に友人のMと連れ立って暑気払いに鰻を喰いに出かけたことがあった。 宵の内に、天然うなぎと染め抜かれた暖簾をくぐると店内はほぼ満席状態。 我々は案内された小上りで、蒲焼を注文してから酒を呑み始めた。
天然の鰻は腹が黄色いそうだ。だから「うな黄」。本当かね。因みに養殖物の腹は白いそうだ。 こういう店は注文してから一から仕事を始めるので、出来上がるまで暫し待たされる。 その間に仲居さんと話したりしていたのだが、今日の鰻の産地を尋ねるとアイルランドだと言う。 えっ冗談でしょう?リパブリック・オブ・アイルランド?あのマックマーロウの?とは訊かなかったが、 利根川や浜名湖辺りからきていると思っていた鰻が実はアイリッシュだったと聞いて不思議な気持ちになりました。 待つことおよそ40分、運ばれた蒲焼の腹は黄色かった。 見た目は見事な飴色の蒲焼で、味も甘さに媚びることのなくキリッとしていて申し分なかった。 アイルランドの人も鰻を食べるのだろうか。ギネスなんか飲みながら煮込んだ鰻をちょっとつまんで。今度試してみよう。

今月は、Basil KIRCHIN の Worlds Within Worlds が入荷しました。実験音楽・フリージャズ・アバンギャルド系 のレコードを集めている人にとって一番ネックになるアルバムです。それほど、オリジナル盤はお目にかかれない、これぞ幻の名盤でしょう。 コラージュサウンドの質はGULLIVER'S TRAVELSとは比べ物にならない。ドイツのFAUSTよりも上だと思います。

 

■遊びがつまらない(DEC 2006)

何かにはまり込んで、とりつかれたように遊んだ記憶があるだろうか。 小学生時代はゲームセンターのピンボール、十代前半でディスコなどの夜遊びデビュー、 十代後半は、バンド活動や演劇、あるいはスキーにサーフィンなどのスポーツ、さらには麻雀・パチンコなどのギャンブル、 って人がいるかナ。 今はまってんだよ、ゴルフって感じの人もいらっしゃるか。 筆者も、レコード収集は別にして色々なものにはまり込んだ。 世間一般でも流行り廃りがあった。 ビリヤードが流行ったときもあったし、下世話な話で恐縮だがノーパン喫茶なんてのもあった。

近頃、遊びがつまらない。
CDとレコードではないけれど、昔のアナログな遊びが楽しかった。 考えてみれば、いや考えてみなくたって、今は巷に娯楽が氾濫している。 カラオケ屋に行こうと思えば10分で行ける。何事も身近なことは便利ではあるけれども、 人間から情緒的なことをどんどん奪い取っていくようで少し不安になる。 色恋沙汰だって、昔は携帯電話なんてなかったから、彼女の家に電話するとき相手の親が最初に受話器を取ったら 何て言おうか震えたものだ。今時の恋愛って会えないあいだに想いが募って悶々とすることなんて無いのかナ。

先日、テレビでリリー・フランキー氏が自身のだらしなさについて喋っていて、 司会者やゲストが珍しい人だと大笑いしていた。 なんでも、氏は20代はまったく働かなかったそうだ。 こういう人を見ていると安心する。若い時分に遊びが過ぎてだらしない、いいじゃないか。 危ないと感じるのは、人生も半ばを過ぎてから初めて遊びにはまり込むことだ。 日頃のストレスの蓄積などがそうさせることもあるだろうが、耳を疑うような幼稚な失敗談もたまに聞く。

元気なおじさんたちはどこで遊んでいるのだろう。たまに酒場で遭遇するけれど、酒場だけが昔と変わっていないのかもしれない。 そんな人たちが遊んでいた公営ギャンブルは衰退し、代わってネット証券・FXでマネーゲームに参加している人もいるのかな。 もちろん、そんなに深く遊びに入り込めるほど大人の日常は楽なものではないし、遊びは大人の一面でしかない。

話が突然変わるが(いつも突然ですが)、 今度、フィル・コリンズがGENESISとしてコンサート活動を行うらしい。 そのフィル・コリンズがドラマーとして最初に世に出たバンドであるフラミングユースの唯一のアルバムが入荷しました。 ジャケットは3面開きにセロファンのウィンドーが組み込まれた変形物です。 昔はたまに見かけましたが、近年はやぶれが無い物を探すのは難しいようです。

 

■地下鉄(メトロ)を降りて(NOV 2006)

神田須田町に所用があって出向いた。 巣へ戻るには都営三田線が利便であるので、神保町駅までてくてく歩いた。 秋晴れの日、靖国通り沿いを歩くのは実に気持ちがいい。 特定の分野にフォーカスした古本屋が軒を並べている。 時間があれば片っ端から立ち寄ってみたいのだが、叶わずにいる。

神保町へ行くと必ず立ち寄るレコード屋が一軒ある。「ターンテーブル」というお店で、 和盤のプロモや古い歌謡曲のシングル盤が面出しされており、商品をぐるりと一瞥すれば私を血の気が多かった時代に引き戻してくれる。 しかしながら、私がここに立ち寄るのはレコードではなく古書を買い求めるためである。 音楽家の自叙伝や、無頼作家のエッセイや純文学などが所狭しと並んでいる。 丁度、レコードの在庫と古本の在庫がフィフティフィフティって感じなんだなァ。 ここで買い求めてからファンになった作家も多い。 おそらく店主が自身で購入して、読み終わった本を売り物として陳列されているのだろう。 訪れる度に、そのセレクションに店主の拘りや暖かさが感じられて、 と言いますか、そのセレクションの妖しげな具合がこちらにも伝わって来て、 どんどんはまり込んでいく感じがいいのだ。 西新宿のレコード屋のように無くなっちまわないように秘かに願っているのだが。

気持ちの良い時間を過ごして神保町駅に着くと、エレベーターの工事をしている。 乗車側の白線と工事の幌が近接していて危なっかしいたらありゃしない。 少しでもバランスを間違えるとホーム下の線路でハンバーガーヒルになっちまいそうだ。 その狭い領域を通過しようとする瞬間、いかにも凶悪な顔をした列車がガォと音を立てて進入してきそうで思わず早足になる。

ロンドンのチューブ(地下鉄のことです)の駅で、あれはコベントガーデンだったかな? 階段で地上に出れない駅がある。つまりエレベーターでしか地上に出れないのだ。 初めて訪れた人は驚くに違いないが、あれは停電のときなどはどうするのだろう。 翻って神保町駅には階段にエスカレーターまであって、エレベーターも必要とされているのだろうか。

先月のこのコーナーでちょっと触れた Revolver の REMIX11 が久しぶりに入荷しました。 コンディションはイマイチですが、マトリックス606-1の美品は、現地でも出づらくなっているようです。


 

■秋刀魚甘いかしょっぱいか〜Yellow Submarine プロモ盤について(OCT 2006)

メシができたと言うのでダイニングへ行くと、食卓に焼いた秋刀魚が並んでいた。 時節柄おかずとしては大変ふさわしくてよろしいが、何だか私の知っている焼魚の雰囲気がしない。 いきなり文句をつけたりすると家人もすぐに逆上するので、 どうやって焼いたのか遠まわしに尋ねるとフライパンで焼いたと言う。 私は耳を疑ったが、なぜ焼網を使って焼かないのか訊くと、 焼網の下に魚の脂が落ちてしまい、それを洗うことが嫌だと言う。 その後、長時間に亘って焼網を使って焼かなければダメだ、 いやそうじゃないとお互いにエキサイトして言い争ったが、馬鹿馬鹿しくなってやめた。

秋刀魚と家庭事情ばかり綴っていても廃盤エッセイにならないので、真面目に?苦労した入荷の話を一つ。 先日、ヨーロッパの知り合いから、Yellow Submarine の Apple レーベルプロモ盤(ステレオプレス)はいらないかと打診された。 Apple レーベルのプロモだけでも珍しいのに、Yellow Submarine のプロモ盤など聞いた事が無く、当然のことながら私は見たこともない。 コンディションは、ほとんどミントだと言う。
ミントって本当かよ?君ね、ミントって意味分かっているの?新品同様ってことだよ。 スピンドルホールの周りにヒゲ無し、アンワックス部に通針痕無しでミントなんだよ。 ジャケに至っては、いったいどんな保存の仕方をすれば40年以上も前のレコードがミントになるの? まあいい。そんなこと今更やり取りしてもしょうがない。 値段を聞いて飛び上がったが、どうしてもある部分が見てみたくて、 在庫のレコードをあれやこれや持ち出して半ば強引にトレード話をまとめ上げた。
こうして、めでたく入荷となった Yellow Sumarine はミントにはだいぶ足らないコンディションだった。 まあいい。そんなことはいつものことだ。 私がどうしても見てみたかったのは、マザー番号とスタンバーでした。 本物のプロモであれば、異常に若い番号が刻印されているはずで、それを確かめたかったのだ。 届いたレコードはどうやら本物のプロモ盤のようで、マザー番号とスタンバーはG/1とT/1。 一番最初にマスターテープからビニールに焼き付けられた新鮮な音を聴かせていただきました。

ところで、ビートルズで一番好きな曲は何か?と聞かれれば、私は即座に「Tomorrow Never Knows」と答える。 上記の Yellow Submarine ではなく Revolver に収録されています。 レスリースピーカー(ハモンドオルガンを鳴らすためのスピーカーです)を通したジョンのボーカル、 テープの逆回しを使ったギターソロ、 少し高めにチューニングされたスネアドラムの音、 その全てが後のブリティッシュサイケのお手本になった。 1966年にこれをやっているのは天才集団だからでしょう。 レコードはミックスバランスに優れるモノラル盤の人気が高いですが、やっぱりサイケはステレオだよなァ。

毎度のことで、夜半にうんうん唸ってこの原稿を書いているが、さっぱり捗らない。 小腹がすいているが、何か作るのが面倒でしようとしない。 明日は、早起きして早めの朝食を摂ろう。 家人が起き出さない内に強引に焼魚を焼網で焼いて喰おう。ひひひ。




■もう秋口ですから (SEP 2006)

幼少の頃、生家に風呂があったというのに近所の友人達と銭湯に通っていた時期があった。その帰り道、赤提灯がぶらさがっていないおでんの屋台があった。椅子は無く、酒も売らない屋台であったと記憶している。 母親の買い物についてきた小学生が串に卵を一つ刺してもらっていたり、主婦がちょっと晩御飯のおかずを買い足したりしていた。あの頃は自分の家の鍋を持ってきて買いに来る人たちも大勢いた。銭湯の帰り道、 私はお釣りの小銭が豊富なときは、屋台に寄って「ばくだん」を食べていた。ばくだんとは、鶉の卵を魚のすり身で包んで揚げたもので、私にとっておでん種の王様だった。 当時は、蒟蒻やはんぺんなどは病人が食べるものだと思っていた。

そんな記憶がなぜ蘇ったかというと、近頃、私の家の前をおでんの屋台がしばしば通る。私は好きでしょっちゅう買う。このおでん屋、三日続けてきたかと思えば、 一週間こなかったりでスケジュールはアテにならない。 幻の屋台というよりは怠け者だろうと思っている。味はいかにも下町風の濃い目の味付けだが、 秋葉原のおでん缶よりも風情があってずっとよろしい。

今、おでんを食べながらせっせとこの原稿を書いている。ちょっと耳が寂しいのでファンダンゴのファーストアルバムをかけている。アルバムタイトルにもなっている「スリップストリーミング」が良い曲で、暫し手が止まってしまう。ファンダンゴは第1期ディープパープルのベーシストのニック・シンパーがウォーホース解散後に結成したバンド。第1期パープルのメンバーって、ロッドエバンスがキャプテンビヨンドに参加したり、数々の名盤を世に送り出し ているが、どれも売れな くて早々に廃盤になってしまった。

だいぶ夜も更けてきたんで、このままキャプテンビヨンドのファーストでも聞きながら、おでんで熱燗でも呑もうかナァ...